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ステップバック-6月9日-




知人が頑張っていて、すごく伸び伸びと成長しているようだ。
また、新たに一歩道を切り開いたみたい。


はあ、すごいなー、羨ましい。あんないい環境で伸び伸びとやれるなんて。昔はあまり距離を感じなくて、実際にそこまで変わらないはずなのに、なんであんなところまで行ってしまったんだろう。



目の前の仕事をしつつも、ふと目にした記事を見て、そう思った。これは、ある種の本能的な衝撃であり、あまり抑えようがない。それはある種の健全な競争心ともいえるのかもしれない。


そこで、少しテンションが下がり、仕事もあまり手につかなくなる。
メンタルなものが突然飛び込んできた場合、それを自分なりに消化して昇華しない限り、これはある程度仕方のないことなのだ。



じゃあ、どうやって消化し、昇華するのか?




今いる彼のポジションが、今僕がいるポジションと比べて随分と高いように見える。そう感じたときの感情は、うまく言い表せないけれど、単に「羨ましい」と「敗北感」と「悔しさ」と「虚しさ」がごちゃごちゃに混ざったような感じだ。別に今回初めてというわけではなく、今までもそういったことは何度となくあったかもしれないし、逆に、自分が他の人をそういう気持ちにさせてしまったこともあるだろう。

それは、行為というよりも現象であり、どちらかというと、その発生は自分でコントロールできない性質の事柄に属する。だから、そういう気持ちになってしまったこと自体は仕方のないことかな。



そう、だから、問題は、発生したそれをどうやって取り扱うかなのだと思う。



ふと考えてみる。


さっき、彼のいる場所(ポジション)が自分のそれよりも高いと感じてしまったけれど、
では自分はどこにいるのだろう?そうやって振り返ってみると、今の自分の立ち場所(ポジション)に至るまで
には長い長いまるでチューブのような直線があって、それらがつながってきて、自分が今の位置(ポジション)に立っているわけである。


じゃあ、今までの位置(ポジション)に至るまでのチューブのような直線の中身を見てみると、何が見えるだろうか?もちろん、無駄なこともあるし、非効率なこともあるけれど、自分のポジションにいたるまでの直線(経緯)を構成するチューブには、さまざまなものがぎっしりつまっていて、それが掛け替えのない自分を作っているのだな、と。無駄、非効率なものと書いてしまったけれど、無駄、非効率かどうかは一定の指標にしたがって(このため、他の指標を捨象して)暫定的に出した一つの結論に過ぎず、それが本当に無駄、非効率化はわからない。だって、意外にボーっと見ていた風景がすごく心に刻まれたりするしね。


そもそも、「今いる彼のポジションが、今僕がいるポジションと比べて随分と高いように見える。」と書いてしまったけれど、彼は高いところにいるんだろうか?高いって何?


単純な高さで比較できるほど世界は単純じゃない。
単なる3次元の世界ではなくて、X軸、Y軸、Z軸のほかにも様々な軸があるのだ。そして、それぞれの立ち位置に至るまでの直線のチューブに詰まったそれぞれの人生は、さして容易に比較できるものでもないし、逆に、それは他で代替できない自分の人生そのものなのだから、それは否定できないよなあ、と。

そう思って、自分のポジションと彼のポジションが優劣なく「違う」だけのものなのだ、と。こういう考えが、頭で理解するのではなく、すっと腑に落ちるようになった。


そこに至るまでメンタル面をコントロールできる、少しずつステップバックして、問いかけて、一つ間違えるとコンプレックスになりそうな毛玉を丁寧に解きほぐしてみる。


そうすると、また、心の調子は不思議と元に戻り、次の日常へと進んでいけるのだ。












ステップバック-6月9日-_e0117054_14771.jpg

by sipoftip | 2009-06-10 01:34 | 雑感


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