八重桜-4月24日-


ソメイヨシノの淡く儚いピンクよりも、八重桜のしっかりと地に足についたピンクの方が見ていて深く落ち着く気がする。煌びやかな感じはしないけれど、あまりぶれない感じが好きだ。

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# by sipoftip | 2009-04-25 03:06 | 雑感

Someiyoshino-4月19日-

いつもとはまるで様変わりした春の目黒川。小さな奇跡といっても言い過ぎじゃない気がする。

ふと小学校のときの教科書に書いてあったことを思い出した。

桜染めの着物を作るためには、開花寸前の桜の木の幹を煮て、生地を染めるんだって。木の皮には開花準備に向けたピンクの色素が沢山詰まっているらしい。周りからは見えなくても、桜は木全体で力いっぱい開花の準備をしているんだ、と。

外からは突然の奇跡に見えることにも理由があって、それは決して突然ではない。
身の回りのことだって、もっともっとそうやったメガネで見れるようになりたいし、それができるようになればなるほど面白い気がする。そして、外から見るだけよりも、中の変化に気付けるように。咲いた桜を見るのも良いけれど、それを咲かせる方がもっともっとわくわくするんだろう。


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# by sipoftip | 2009-04-19 13:41 | 雑感

初春の小さな小さなトライ-4月18日-

緑の中を歩いていて、すごく春の光が眩しかった。

あまりに祝福された日和だったので、何かこれを残せないかな、と思案。

思う存分に春の光を浴びている花びらを通してみるという方法で、本来は形にならないはずの春の光を少しだけ形にしてみた。

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# by sipoftip | 2009-04-18 16:03 | 雑感

メールに一匙のスパイスを~xoxoxoxo~-4月8日-



英語でトモダチとメールをするとき、最後に自分の名前を書く前に何をつけます~?

「Cheers」が一般的なんじゃないかな。

でも、オフィスメートに教えてもらったんだけど、ちょっと茶目っ気な遊び心を出すときのオススメがこれ↓


xoxoxo


xは「Kiss」、oは「Hug」を指すみたい。でも、特に変な意味はなく、ちょっと茶目っ気が出せるくらいな中なら普通に使って大丈夫なんだとか。

男性が(異性に対して)使ってもおかしくないみたいです(++;)。

(こんなのもあるみたい、笑)

V v v excited!
→Very very very excited!

Muah**
→投げキッス

↓カタクリです♪


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# by sipoftip | 2009-04-08 22:06 | 英語

春眠不覚暁+イマジネーションのストレッチの連続+Juggling Five Balls -4月6日-




そう、春眠不覚暁な日々なのです。。。困った(++;)


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目黒川は春爛漫、夜桜に感動していた去年が懐かしい。

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住環境が変わったり、仕事内容も微妙に変わったり、遂にはとべーを目前に控えていたり、そういった物理的な変化もそうですが、心意気も随分と変わった気がします。去年の自分が立っている位置から、すっごくすっごく遠くに来てしまった気すらします。

最近、1週間も、1ヶ月も、3ヶ月も1年も、めちゃくちゃ早い。だけど、振り返ると、そこに詰まったものはとても濃密で、それは振り返ると遥か昔のような気がするのです。

そこまでの道のりを、人は成長と言うのかもしれない。やっぱり、他の人のペースに憧れたりしつつも、結局は自分のペース以上のものを出せなくて、それが歯がゆく思ったときもあるけれど、そういったものも含めてすべて(悪い意味とか諦観とかではなく)that's lifeなんだから、と割り切るほどに腹が据わったような気がします(++;)

自分なりに精一杯手を伸ばして得た選択肢、かつて思い描いた程のものにはまだまだ至りませんが、それでもやっと手に入れた果実。

「どこでも与えられた環境の中で、何に出会えるか、何を見付けるか、ワクワクしてます。1日1日が、点で、それが線になって繋がっていく、だから点はとても大切だし、線の方向性は、自分の気持ちでもっていくのでしょうね。」


こんなことを言ってくれた人がいました。この人は僕が生まれる前から僕のことを知っているので、そういった人にワクワクが起こっているのはなかなかなこと。自分が「ワクワク」するのも好きだし、それが他人にも生じているなんてそれだけで奇跡。まわりに色々多くなると目が曇りがちだけど、そういったある意味で純粋なところをこれからも大切にしていきたいな、と。

得られた果実の味を十分に想像しながら、色々と想いをめぐらせて見ましたが、
色々頂いた選択肢の中から、結局、こちらに行くことに決めました。

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決まると気持ちは早いもので、すぐにそこを基点として色々とイマジネーションを膨らませています。色々と思い描く絵を思い切りストレッチしてみて、そこで描かれるイメージを楽しんでいるような、そんなワクワク感がたまらないかも。ぼんやりとした憧れとかはありつつも、それを蜃気楼に見ながら(?)、その時々で置かれた環境の中でイマジネーションをストレッチして、それに向かって進み、さらにその先で、またそのときに置かれた環境の中でイマジネーションをストレッチして、それに向かって進む、そんなことを素直に、さらに言えば愚直に、だけど軽快であるように努めてきた。Bostonはそんな中で、たどり着いた道だけど、それは通過点に過ぎなくて、きっとこれからもそんな進み方をしていくんだと思います。

ちなみに、コースを見たら、こんなものがあって、すげー面白そうだな、と。こんなところに最近、ココロがワクワクするのです。

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余談ですが、僕の知る限り、他の合格者はみんなUnparallelledといっていいキャラな方が多く、友人からもNo Offenseで、「キミが一番庶民的だねー。」とまじまじと言われました。たぶんこれは本当でしょう。
そもそも僕のキャラは、学校で選ぶとしたら、こんな感じであり、また、自分でもそうでありたいと思ってきたのですが、まあ、たまにはそういう人がいても良いと思うし、思い切りストレッチしてこようと思います。

そんなこんなでイマジネーションを膨らませるだけでなく、色々と同じ大学(の違う学部)の在校生、進学予定者ともなんとなく交流を始めています。詳しくは書きませんが、なんか「日本人は英語ができない」とか「グローバルに通用する人材が不足している」という通説?が嘘のように優秀な人材が身近にいる気がします。そして、きっとこれらの人は、一人が知り合えば、そこから派生してどんどんつながっていく、意外に狭いコミュニティなのかもしれません。

すごく面白く、刺激を受けるし、新鮮。だけど、それとともに、あー、すげー、こういう人とはすげー距離離れているなー、と毎回びびります。すごい面白いキャリアだなー、そう思って、自分がそのパスを通ったらどうなるだろうか、そんな想いを馳せます。そして、その想像の地と自分のポジションの距離を見て、なかなかそこにたどりそうもないなー、ふう、と思うこともしばしば。

でも、それで落胆しないようにしています。

ふとわれに返る。その道はある意味開けているのだから、そこを通っても、それはちょっと。せっかく自分にはその人にないものとかあるんだから、その人みたいなレベル感で、でも、自分らしいパスはないのかな。そんな思考に発展させるようにしています。だから、色々な人の話を聞いてサンプリングしても、それをイメージの素材としつつ、自分が最初に扉を押し開ける。その世界が大きいか小さいかは分かりません。多くの先人が踏み固めた大きな世界へのパスもそれはそれで面白いFast Trackなのかもしれない。だけど、見たことのない道、それが踏み出したとたんに崩れてしまうかもしれない、そんな緊張感をもちながら初めての道を踏み出し、自分なりの扉を押し開ける、それは少し怖くもあり、だからこそワクワクするのかも、これはどんなにFast Trackであっても、十分に踏み固められたパスを行くよりも遥かに楽しそう、この未知の世界への飛び出しの瞬間こそが(大きく言うと)生きることの醍醐味なのではないかな。

ここに決めたと言ったとき、ホストファザーから言われました。It will open so many new doors.もしおピンとくるドアがあるなら、迷わず開けたい。

もちろん、「自分は自分」というのを貫くと、比較の尺度がなくなり、惰性に流されやすくなるのも事実なので、いつも自分がどのくらい充実しているか、自分の世界がどのくらい広がり、または深まっているかということについて、心のバロメータで計るようにつとめています。

日々、日常は流れ行くけど、そういった大局は最近少し意識しているかも。

さて、選択のオハナシ。以前どこかで聞いたスピーチがあったので、ぐぐって見ました。

以前、カレンの家のHouse Warming Partyで、ジャグリングのボールがあったので、このコトバを説明しようとしたところ、あまり記憶が鮮明でなく、思い出せなかったので、これを機会にもう少し共有してしまおうかと。

何回聞いても、、Today is a gift, that's why we call it "the present"って、すっごくお洒落だと思う(++)

(人生とは5つのボールをジャグリングしているようなもの。仕事、家族、健康、友人、スピリット。これを全部一緒にジャグリングしている。すぐに、仕事のボールはゴムでできていることに気付くだろう。落としてしまっても跳ね返ってくる。だけど、他の4つのボールはガラスでできていて、一度落とすと、痕が残ったり、傷が付いたり、粉々になり、二度と元には戻らないんだ。君たちはそれを分かった上で、全部のバランスを保つようにしなければならないんだ。どうやってやるかって?それは・・・・・以下、省略)

Imagine life as a game in which you are juggling some five balls in the air.

You name them - Work - Family - Health - Friends - Spirit, and you're keeping all of these in the air. You will soon understand that work is a rubber ball. If you drop it, it will bounce back. But the other four balls - family, health, friends and spirit are made of glass.

If you drop one of these, they will be irrevocably scuffed, marked, nicked, damaged or even shattered. They will never be the same. You must understand that and strive for balance in your life.

How?


1. Don't undermine your worth by comparing yourself with others. It is because we are different that each of us is special.


2. Don't set your goals by what other people deem important. Only you know what is best for you.


3. Don't take for granted the things closest to your heart. Cling to them as you would your life, for without them, life is meaningless.


4. Don't let your life slip through your fingers by living in the past or for the future. By living your life one day at a time, you live ALL the days of your life.


5. Don't give up when you still have something to give. Nothing is really over until the moment you stop trying.


6. Don't be afraid to admit that you are less than perfect. It is this fragile thread that binds us together.


7. Don't be afraid to encounter risks. It is by taking chances that we learn how to be brave.


8. Don't shut love out of your life by saying it's impossible to find. The quickest way to receive love is to give; the fastest way to lose love is to hold it too tightly; and the best way to keep love is to give it wings.


9. Don't run through life so fast that you forget not only where you've been, but also where you are going.


10. Don't forget that a person's greatest emotional need is to feel appreciated.


11. Don't be afraid to learn. Knowledge is weightless, a treasure you can always carry easily.


12. Don't use time or words carelessly. Neither can be retrieved. Life is not a race, but a journey to be savored each step of the way.


Yesterday is History, Tomorrow is a Mystery, and Today is a Gift: that's why we call it - "The Present"

(おしまい)



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# by sipoftip | 2009-04-08 02:59 | キャリア/コトバ/ロールモデル

サーモン&クリームチーズonバケットとCOLD YOKOHAMAと猫の目-3月17日-


-3月16日夜-

前回書いた①ここ、②ここ、③ここという選択肢で、何となく心で直感的に方向性はわかっていたものの、どうも決めきれず、隣のオフィスのセンパイのSさん、そして、そのオフィスメートのジェニー(仮称です、笑)とカジュアルサパー。ファイナンス大好きなSさん、やはり①、②がいいのではないかと。そう言いながら、Sさんはエビアンを飲み干す。やはり、世間的に見ても、そうなるかな、と。僕はサーモンとクリームチーズが乗ったパンをナイフで切りながら、そう考える。

ただ、彼自身、とべーを転機にかなりのリスクをとりつつも、一心に現在のキャリアのポジションにたどり着いたということもあり、そのコトバは重い。翻って、ジェニー。彼女は稀に見る才女で、(アメリカ人としては驚異的な)五ヶ国語を操る、アメリカの教育システムの中ではかなり権威的なキャリアを歩んできたともいえるスーパーエリート、なはずのに、打ち解けたキャラクターはどちらかというと天然系?ま、ナチュラルなのでしょう(++)。そんな彼女を交えて話していた。Sさんが注ぎ足されたエビアンを片手に持論を展開するのに対して、ジェニーは、マイペースでサラダを頬張りながら、「なんだ、あなたの話を聞いていると、あなたの中で答えは出ているみたいな感じじゃない。」。そう、決め切れなくても、コトバの端々に出てしまうらしい。

そう、やはり③で十中八九決まっていた。やっぱ、昔から国際協力とかにきょーみがあって、こんなものとかに惹かれる
自分を振り返ってみても、やはり③かなー、と。③はあまり日本でネームバリューがないので、その意思決定をするのに、何か背中を押してもらう人が欲しかったのだろうな。世間の人から見ると、なんで迷うの?というところでかなり迷う。でも、それは自分なりのヴィジョンと価値基準を持っているからこそだと言い聞かせたい。「やっぱ一般的には・・・だし」という枕言葉を自分の意思決定に使うのは、あまり格好がいいと、僕は思わない。カジュアルサパーを終えてオフィスに戻る間の廊下でそう思いを新たにする。

「出世払いだからさー、大して高くないし。」そんなことを言って、サパー代を払ってくれたSさんと、「話を聞いていると、もう自分で何が欲しいか、分かっているようだけど。」、そんなジェニーの言葉を思い出しながら、オフィスに戻った。

ちなみに、ここはパン屋だったんだけど、勤めて3年半が経つのに一度もディナーをここで食べたことがなかった、意外に美味しいのね、

今のポジションに至るまでの挑戦していた頃のSさんと今の僕を微妙に重ね合わせてくれているようだ、そんなことを思いながらGMAILを見ると、他のボールを投げたいろいろな人からも、それをまっすぐに受け止め、さらに、直球で返してくれる、そんなメッセージをいくつか頂いていた。わお、自分が良く知り、又はあまり知らない人たちとの関係の中で支えられているという瞬間。

はて。まあ、おそらく、③で決まりだろうね。あとは、その方向に決定付ける儀式を行うだけかな。
そう思いつつ、サルサディップを頬張りながら、ビールを飲み、そして、寝た(++)

-3月17日-

とはいいつつ、結構忙しくはあるので、あえなく寝坊。そして、今日は怠惰に二度寝を貪る。でも、ベッドの中で、ちょっと携帯でGMAILをチェック。お、来てる。アドミッションからだ。読む心境はきわめてシンプル。単に何が事実として起きているかを把握するために視線を進めるだけ、そこにどきどきもはらはらも、期待も絶望もない。でも、結局理解したのは、④ここに受かったようだということ。どうやらあまり現実味を帯びないため、とりあえず親にメールしたら、3秒で着信が返ってきた。ふむ。どうやら本当のようだ。それなりにチャンスはあるとは思っていたのだが、ネームがネームなだけに、ま、なるようになるでしょう、というわりとニュートラルな気持ちだったので、どうやら周りほどテンションは上がっていない。しかも、自分のキャラもあまりフィットを感じないためか、他の人が絶対に迷わないところで変にひっかかっている。でも、なんか落ち着かないので、朝ごはんを食べずに家を出た。

途中で買ったうぐいすパンを頬張りながら、オフィスでコンピューターを立ち上げ、仕事をする。でも、寝不足のせいか、気づかずに気持ちが高ぶっているせいか、ちょっと集中力に欠ける。だから、ま、気分を変えよー、ということで、同じ職場のトムをランチに誘い出す。ちょっと遠出をしてみた。いろいろ話す。「やっぱさ、職業の前にさー、自分はトラベラーなんだよねー、少なくともそうでいたいね。」。どうやら僕ら、同じ人種のようだ。少し気分が落ち着いた。

④について話すと、あー、ボストンは日本の都市でいうと、横浜に近いなー。でも、寒いよ。そっか、じゃあ「COLD YOKOHAMA」だね。

COLD YOKOHAMAかー、直感的にはあまり自分の居たい場所ではないかもねー、うーん、どうなんだろ。

直感はベースとなる前提事実によって左右される。果たして僕の前提はあっているのか?話していて、「あなたが何を欲しているか、話を聞いていると明らかなようだけど。」。ジェニーーの言葉がエコーする。そういったトーンも直感も、前提となる認識がずれていたら、少しずつ変わる。アートなようで、それほどアートではない、それが直感の性質かも。

はて、結局、④になりそうな気もするけど、もう少し心の微妙な動きと対話してみたい。普通、両手話に喜ぶべきことだけど意外に冷静なのはなんでだろう??たぶん、どこにアドミットされるかは重要であるものの、結局、自分がもうちょっと先に見ているものに比べると大してエキサイティングではないともいえるし、逆に自分はどんなゲートを通ってでも、そこにたどり着きたいと思うし、きっとその道中は楽しいだろう。そう考えると、どのPathを通るかで一喜一憂すること、それ自体があまり大きな意味をもたなくなっているのかも。そういった意味で、ある意味自分なりの物の見方ができているのかな?

さらに、最近の価値観の変化。どんなに能力が高くても、すぐれていても、それだけではまったくCOOLではないこと。周りに与えた影響とかで、その人がエキサイティングか決まるし、能力が他へのインパクトを抜きに語られるほど、微妙なことはない。頭では昔からそう思っていたけれど、最近、そういったことがふと腑に落ちるようになった。

ペンディングとは、いくつかの可能性に夢を馳せることができる状態のこと。少しばかり目を猫にして、この贅沢を味わってみようと思う。そして、しっかりと次の一歩へ。

一ついえること、こういったことを素直に話せる人たちが周りにいること、これは財産なのだ。



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# by sipoftip | 2009-03-18 04:46 | 雑感

「こういう自分」と「こういう自分」と・・・-3月15日-


お蔭様で、少なくとも現時点で、①ここ、②ここ、③ここの選択肢を頂いており、すっごく迷っています。①が有名なのはもちろんですが、テーラーメイドな少人数という意味では②であり、そして、他の分野との学際的な感じを嗜好するのであれば③であり、いずれも魅力的です。

知っている人、知らない人にボールを投げてみると、思いのほかまっすぐに打ち返してくれる人が少なくないのは非常に光栄なこと。ボールが返ってこない人もいるけど、そんなのに凹んでたらやってられないし、そもそもそんなもんなので気にしない、気にしない。

「とりあえず無難」とか「それで決してマイナスになることはない」「つぶしがきく」というディフェンシブな姿勢をなるべく止めたいかな、と。いままで、積極的に選択をしたきた反面、こころのどこかでそういったリスクヘッジ的な考えがあったのも事実、リスクヘッジは大切なことだけど、ヘッジの効用がリターンの効用の評価を曇らせることがあるものも事実。完全な選択肢ってなかなかないわけで、どれかを選ぶと別の選択肢を選んだときに得られたものが失われる。それぞれの選択肢において、「こういう自分」「こういう自分」「こういう自分」(=●●で活躍する自分・・・とかそういうこと)っていうイメージが広がって、どれももらえるものなら欲しいのだけど、やはりそれは難しい。上記①から③の選択でも一つの選択をすることで、一つの「こういう自分」を得られる代わりに、別の「こういう自分」からは遠ざかる。だからといって、すべての「こういう自分」に望ましい選択肢はないから、やはり研ぎ澄ませて、他の「こういう自分」をプライスとして、一番欲しい「こういう自分」に近づけるために選択をするのだと言い聞かせています。

キャリアの進め方という意味で戦略的に考える必要があるけど、でも、直感も大切に。ただ、直感はアートというけれど、多くの場合、直感はそのベースとなる情報によって異なるという意味で完全なアートではないと思っているので、ここのベース部分で誤認がないように慎重に、と。そんな最近です(++)
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# by sipoftip | 2009-03-15 17:03 | 雑感

「ジェネレーションX」からはじまった「軽快」な世界-3月9日-



最近、森絵都さんの作品にはまってます(・・)。

最初に手に取ったのは「風に舞い上がるビニールシート」。

外資系投資銀行を辞めた女の子がUNHCRで働く姿を描く作品。

登録しているUNCHRのメルマガで宣伝されていて、あらすじを見た瞬間に即買いしてしまった(・・;)。

無機質に読む本ほどつまらないものはない。本を読むとき、いつも何かの衝動に駆られて読む感じ。多くの場合、何かを得たくて、それがその本を読まなきゃいけないから、その先にあるものに向かって読んでいく。

イメージだけど、多くの場合、僕にとっての読書という行為は、レールを走るようなもの。レールの先にあるものが欲しくてたまらないから、「衝動」という燃料を燃やして、本というレールを走るようなようなものかもしれない。だから、レールに乗らなくても、例えば、ジェット機でいけるならジェット機を使うし、船でしかいけないなら船を使う。だから、動画でなく、人の説明ではなく、本でしか得られないからこそ本を読む。

あまり活字を読むのが好きではない僕にとって、「本を読む」というのは「その先にあるもの」「その先に欲しいもの」のために必要であるからこそやるものであって、そこには一定の緊張感がある気がするなあ。

職業柄これでよいのか?と思う気もするけど、「本を読む」という行為に対する僕のスタンスは、ある種冷徹ともいえる合理主義の上になりたっている、これが僕のデフォルト仕様って感じ。

さて、「風に舞い上がるビニールシート」も、そこに映された世界がどうしても見たくて、それで買いました。はて、それで見たかった世界が少しでも見れたか?

読後、そんな世界がはっきり見えたといえば嘘になる。でも、ふとある昼休みに読み始めた同封された短編の一つ、「ジェネレーションX」を皮切りに・・・・はまるはまる(・・)。

舞台はほんの日常生活に出てきそうなワンシーンであることも多いのに、その登場人物の描写は、ふと混沌とした自分の気持ちのかけらに、ふっと形を与えるものだったり、読むとなんだか細胞が震えるような、そんな気持ちよさがあったり、晴れた夏の空みたいに屈託のないささやかなユーモアがあったり、そこに綴られる日本語の世界を純粋に楽しみ、浸る、そんな感覚を楽しんでいます。

日々の生活ではさ、いろいろと考えなきゃいけないことがあったり、目に見えない形のない将来のことで煩ったり、どうもうまく歯車が回らなかったり、得てして自分の世界が小さく思えたりする。時には意味もなく複雑に見えたり、デッドエンドに来てしまったように思っちゃう瞬間がある。そんな小さな塵のようなものが自分を取り囲む心や体に積もっていくと、気づかないうちに、自分の視野が狭まっていたり、必要なものを見極める感覚が鈍ったり、倦怠的に生じる自己嫌悪と焦りがあったり、そんな症状が出かねないときもあるのだけど、森絵都さんの世界に入ると、少しそういったものから離れて、自分をチューニングできるような気がするような。

先ほど書いたように、言語は媒介であって、その先にあるものを手に入れるために必要だから本を読む、というのが基本的なスタンスなんだけど、こういった作家の本だけは例外。

その日本語で綴られた世界そのものに浸るためだけに読んでいるのです。そこはきわめてフィクションなんだけど、そんなフィクションのなかに、現実よりももっと現実らしいものがある、そんな感じ。

ちなみに、高校生のときにはまった村上春樹以来、あまりこんな風に日本語を純粋に、そして「軽快」に楽しめる作家に出会っていなかった。阿部工房とか三島由紀夫とかも純粋に面白すぎると思ったけど、「軽快」じゃあないよなあ。春樹さんも森さんもそうだと思うけど、語る内容はまったく軽くないけど、その語り口は「軽快」そのもの。その世界は「軽快」な言葉じゃないと紡げないのだろうなー。結構、いや、かなりこういう作家、好き。さささやかに、だけど、かなり嬉しい最近の発見かも。というわけで、ブログにアップしてみました。本当は作品のことも書きたいけれど、書くと妙に陳腐化して、その世界にあるものをぼろぼろと落っことしてしまいそうなので、今回はやめておきます。

↓DIVEの沖津君が飛び込む断崖はこんな感じなんだろーか!?



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# by sipoftip | 2009-03-10 01:01 |

ボブマレーがかかると踊りだす国から来たニューヨーカーの言葉-2月28日-

今日はオフィスメートのホームパーティーに行った。

南麻布な上に、なかなかお洒落な家で、しかも家賃がわりとリーズナブル。(彼ら自身は違うけれど)少しだけエキスパットの世界を垣間見る。

気心知れた人々のほか、知らない人達も多少いた。その中で会ったのがジャマイカ人。出身はニューヨークで、ニューヨークの名門大学を卒業後、今揺れている最大手の金融機関に勤め、日本にエキスパットとして来ているらしい。エキスパットって、なんか不相応にお金をもらって優雅に生活をするような勝手な先入観を少しだけ抱いていたけれど、それが崩れた。



ジャマイカってさー、やっぱ、ボブマレー?うちの親父ボブマレー好きだけど、やっぱジャマイカだと、神様的な存在なわけ?

いやー、まあ、ボブマレーは、神様ってわけじゃないけれど、ボブマレーの音楽がかかるとみんな踊りだすんだよ。それは、つまり、ボブマレーの音楽がかかったら、それが道路でも、お店の中でもビーチでも、とにかく今やっていることの手を止めて踊りだすんだ。そんな存在。

わお。そりゃさ、もう神だよ。でも、ジャマイカ、さっき自然が綺麗って言ったけど、東京とかにいるとさー、そういうところに住みたいなってよく思うんだよねー。

そう?確かにバケーションとしてはいいかもしれない。でも、実際、仕事がないんだよねー。うちの家族は、みんなニューヨーク、カリフォルニア、ペンシルバニアに散らばっているけどね。

そっかー、ところで、ニューヨークに行くケースって結構あるの?

うーん、一般的にあるとはいえないけど、うちは両親が子供にどうしても大学を出て欲しかったみたいで、それで何とか大学に行くことができたんだ。

でも、最近は大変だよ。いつ首になるかわからないし。給料日になると、給料がちゃんと振り込まれているか確認してから出社するくらいだから。昔からじゃ信じられないけれど、特に最近はこんな感じなんだ。


エキスパットとして一見華やかな世界に住む彼の世界の裏側を少し垣間見た。
ジャマイカで生まれ、ニューヨークで生まれ育って一流金融機関のバンカーとして日本にやってきた彼の目に、今の世界はどう写るんだろうか。

とべーの話をした。わお、そりゃ、すげークールだ、力を込めてそういってくれた。
まるで自分がニューヨークに出てきて、そこから金融の出世街道を登ってきた過程を思い出しているかのように、少し遠くを見つめたのかもしれない。すぐに視線を元に戻して、言葉を噛みしめるようにまた僕に行った。そりゃ、すげークールだ。力を込めてそういってくれた。


その後、みんなが持ってきた各国の料理をほおばりながら、いっぱいいっぱいの即席英語漫才?をやる同僚に笑いつつ時を過ごす。逆立ちしている人もいれば、ダンスをしている人もいて、こう書くとすごく変なんだけど、平和に時が過ぎた。

そして、帰り際。ジャマイカの彼にまた挨拶をする。
そっか、すげークールだ、本当に一番やりたいようになるといいな。その目には力が込められていた。きっと苦境に立たされているなかで、新しいフェーズに入ろうとする後輩に希望を託すかのように、または少し昔の彼自身を僕の中に見ているのかのように、いずれにしても、彼の中の何かが過ぎってそういう言葉が自然に発されたのかもしれない。

帰路に着く中、すごく些細だけれども、なんともいえない感謝と高揚の気持ちが自分の中に持っているのを感じた。自分もそういう言葉を投げられるようになりたい、素直にそう感じた。


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# by sipoftip | 2009-03-01 02:29 | キャリア/コトバ/ロールモデル

伴走-2月19日-


去年に引き続き、今年の2月11日も千代田駅伝に出た。
チームの背番号は奇しくも100番だっ。

前日にバスケ+午前2時まで呑んでいたこともあり、体はすっごくきつくて、あー、もうやっぱり走るのはやめよう、ぜったいに嫌だ、何が楽しくて走っているんだ、なんて思いつつも、一応去年よりタイムを落としたくないので、体にムチを打って!?走り続けた(・・)。やっぱさ、走るとタイムが気になるし、負けたくなかったり。

第1走者が(内輪の)8チーム中、5位で戻ってきたけど、3人抜いて2位に。

やはり抜くのは気持ちいい。そして、きっと「周りの人よりも早い」というのは何かしら心地よいのだろう。ほんの少し認めてもらう瞬間。だからこそ、つらくても頑張って走れる、そんな単純な仕組みであっても、僕をモチベートするには十分だった。いや、厳密にいおう。実際に走ってるときはそんなことは考えなかった、後から振り返ってみた分析に過ぎない。

では実際に走っているときは何を考えていたのか?特に何も考えていなかったというのが正直なところ。あえて自分の状態を描写すると、一方で、ipodにかかる曲を軽快に聞きながら、他方でどこまで早いタイムが出るのかなるべく限界に近づけようとしてプッシュしていた。そんな両輪で走り続けたのだ。だから、このバランスの取れた緊張感のプッシュがうまい具合にアドレナリンを出していたのかもしれない。


だけど、そんな走りの中にも発見はあるものだ。



走っているとき、体は動いているけれど、その動きは一定で、ある意味でそれは単調だ。聞きなれた音楽がガソリンのようにメンタルな燃料として僕の中に入り込んでくる。だけど、今回、そんなものよりも遥かにモチベートするものが目に入った。もちろん、目の前に絶世の美女がいれば走るスピードが速くなるかもしれないけれど、そういう話ではない。



伴走



前走者からたすきを受け取り、気持ちよく他のランナーを抜いて軽快に走っていたんだけど、抜いた一人の、いや、二人のランナーが「伴走」と書いたたすきをかけていた。

伴走とは視覚障害者が行うマラソンに付き添って走る人のことをいう。
そのランナー、いや、ランナーズがかけていたたすきに「視覚障害者」「伴走」と書いてあって、すぐに意味がわかった。視聴覚者がマラソンをしている横で、健常者のランナーが手を取ってあげて、誘導しているのだ。


わお。もちろん、視覚障害の方もマラソンをするんだろうなー、ということは頭の中では分かっていたけれど、
実際に見て思った。すごい、と。僕がこうやって目の前のコースを淡々と走っている間、そのランナーはどんな世界を見ているのだろうか。バスケ明けの二日酔いの自分が何とかこなせてしまう5キロという世界を、彼らはどのくらい真剣に捉えているのだろうか。彼らを取り巻く世界と僕を取り巻く世界は物理的には同じはずなのに、彼らがたまらなく崇高なチャレンジをしているように見えた。別にだからといって自分の世界が卑しいものとかは感じなかったけれど、そういった形でマラソンにチャレンジをし、それを支える人がいる、なんか自分が知らなかったすがすがしい世界を垣間見たようで心が軽くなり、そして、不思議にステップも軽くなった。


「伴走」のたすきを見てから、そのランナーズを抜き去るまでの数秒間くらいの心の動き。
たった数秒だったけれど、それは僕の日をすごくすがすがしいものに変えてくれた。


努力の方向とでも言うのだろうか。かつては、どのくらいExcellenceにコミットできるか、というのが自分の中での一つの価値観のメルクマールになっていた気がするけれど、最近、その価値観がかなり変容している。

どんなに優れていても、それが他の誰かにインパクトがないなら、それは意味がない。そんなものはそもそも優れているなんて言わないのだ。そういった考え方が、何となく、もっと素直にふと自分の中で腑に落ちるようになった。これを人は成長というのか、または年を取ったというのか。そういった心持ちな最近だからこそ、目の前に飛び込んできた伴走者たちの姿があまりにもすがすがしかったのかもしれない。


そして、ゴールイン、たすきを第三走に渡した。
20分フラットくらい。去年とほぼ同じ、やったー!



すかさず、仲間たちの元に駆け込みはしゃぐ。
伴走のことはそっと心に留めて、そして、みんなと戯れて、いかに走るのが辛かったかを誇張し、笑い飛ばし、そんな他愛もないことで、贅沢に時間を浪費する感覚をしばし楽しんでみる。ふと振り返り、こういったつながりがあるのも悪くないね、という思いが浮かぶ。それもまた心に留めてみて、再びはしゃぐ空間に戻っていく、年に1度のささやかなイベントである駅伝は、やはり悪くない。




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# by sipoftip | 2009-02-20 02:59 | 雑感