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パフォーマー+社会の塵=ワクワクする都市

5月17日放送の下記番組を一ヶ月遅れで見ました(・・;)


あらすじは以下のとおり
番組サイトから抜粋)

最近、テレビはすべてHDDに録画したものしか見なくて、さらに見るタイミングも遅れるので、いつになく超マイペースに生活している感じです。。

ニューヨーク街物語 アートを育てる空き店舗

地価高騰のあおりを受け、活動の場をなくす芸術家たちが増えているマンハッタン。
そんな中、空き店舗などを借り上げ、パフォーマンスのステージとしてアーティストに
無料で解放している非営利の団体があります。その代表は、かつて自らが前衛芸術家
として活躍したアニータ・ダーストさん、39歳。現在15か所の空き店舗などを、
イベントのステージやギャラリーとして、芸術家たちに無料で貸し出しています。
実はアニータさんは、マンハッタンの不動産王、ダースト家の長女。そのネットワーク
を使って、空き物件を借り上げています。大都市に一時的に発生する小さな隙間を
アーティストたちのために役立てる、アニータさんの活躍を紹介します。




かなりインスパイアされました。

まず、着眼点にウロコが落ちました。

不動産にテナントが入るまでの一時的な「空き」に着目して、そこをアーティストたちの表現の場として提供する。そういった不動産の一時的な「空き」が社会に散らばっているところに目をつけて、それを「価値あるもの」に変えてしまう(*)。誰かが見つけることで価値が付けられていくものってきっとまだまだいっぱい転がっているけど、なかなかそれを目に見える形で役に立つように用するのは難しい。

ビジネスではそういった転用をレバーにして事業を展開する場合もあるし(*)、それはそれでとっても面白い大好きな発想なんだけど、そういった転用の役割をNGOが担ってしまうことがすごくすごく新鮮でした。

一ウロコ(目からウロコが一つ落ちました。)


(*)ロケーションバリューというベンチャーがあります。以下はサイトからの抜粋ですが、

位置情報と「働く」をかけあわせて、近くでチョットだけ「おてつだい」することを実現します。オークションサイトは、物の売り買いをネットで実現し大きな市場を作りました。ただ人間が持っている最大の資産である労働力は、細切れにして取引することが非常に困難でした。労働力は時間の経過とともに消滅していきますし、距離が離れていると移動時間がかかって実労働時間が減り効率性が失われます。このため細切れの労働力というのはあまり活用されてきませんでした。


という問題意識を持って、その労働力の活用をすることで社会の「空き」を「価値のあるもの」に転用しようという発想。すごく革新的で魅力を感じます。ベースにある発想は同じなのかもしれません。




次に、ヴィジョンにウロコが落ちました。

番組の中でアニータさんは、

金融が活発になり、不動産価格の高騰が進む中、どんどんニューヨークの不動産にはブランド品店が入ったり、収益性の高いテナントが入るようになった。だから、かつてアーティストが活躍していたようなアトリエは次々と姿を消してしまい、昔のようにアーティストが自由に表現できる場所がなくなってしまったの。

ニューヨークって、昔からアーティストが自由に発想して、表現して、さまざまな芸術を生み出すエキサイティングな都市で、それが街の大きな魅力だった。街がスターバックスだけだったりしたら面白みがないでしょう。様々なアーティストが自由に表現できるようにしたかった、それがきっかけね。


という趣旨の発言をしていた。アートのイノベーションですか。ものごとのモノサシをついついショッピングセンターがどうとかブランド街がどうとか、そういった杓子定規に気づかないうちにとらわれそうになっていたかも。街だって、そりゃ、そり世界のマネーが集まった都市の方が一流都市なのでは?ドバイすげー!とか思っていたり。そうそう、気づかずにそういった風潮に特に違和感を感じなかったかも。このあたりは特に主義主張をもたずに、「おしゃれな都市」かどうかの判断基準だって気づかないうちに既存のモノサシで考えていたような気もします。「あそこヴィトンが入ったんだってねーおしゃれ♪」みたいな感じのノリでしょうか。そういった「何となく受け入れている発想」からハッと目を覚まさせてくれます。

アーティストが自由にさまざまなパフォーマンスをやれて、それで様々な感性が交錯して、そんな面白い街、なんかこちら側にいる僕までもワクワクしてくる。そんなヴィジョンに2つ目のウロコ。




さらに、そこで活躍するアーティストの生き様。

一つの物件に200人以上のアーティストが応募するだとか。
番組で出てきたパフォーマーも、普段はウエイトレスをやっていたりして、パフォーマンスの機会をうかがっているとのこと。そういえば、ニューヨークでは、ブロードウェイのオーディションを受けるためにウエイトレスをしながら機会をうかがうアクター・アクトレス志望があふれかえっている町だとか。テレビに出てきたアーティストも、本当にパフォーマンスをしている顔が輝いているんですね。ウォールストリートの金融街で激務をこなしているビジネスエリートの数倍輝いているのかもしれません。しかも、その視線や発言にはまったく疑問を感じさせない。こういうのを見ると、自分がいつも考えている人生やお金に対する考え方がいかに「狭い方にはまったモノサシ」に過ぎないか、よくわかります。


「好きなことを仕事にしたいけど食べていけるか」とか「それでは十分な収入が・・・」とか、なんかつい僕を含めてみんなが発言しそうなことをまったく気にかけていない、きっとそれがあるべき姿なんだろうけどね。つい、色々なことを考えがちで、それだからこそ本当に自分に大切なものを見失いがちな僕にとってはとっても目の覚める、eyepoeningな瞬間でした。

アニータサンも高校中退。そこで、パフォーミング・アートの世界に触れ、そのリーダーに触発されたとのこと。


高校中退ですべてに対して自信を失った私を救ってくれたのがパフォーミング・アートだった。
自分でも打ち込めるものがあって、表現できる何かがあって、その世界にどんどんのめりこんだわ。実際のパフォーマンスをしなくなってからも、こういった他のアーティストの表現の場がなくなっている現状をみて、何とかしようと思ったの、そこで、不動産の空きスペースに着目したのよ。


だいたいこんな趣旨の発言をしていました。聞いていると、そのNGOでの活動も、自分の体験が原点だったんだな、と納得。その迷いのなさに羨ましささえ感じました。



こういった人たちの活動があって、ニューヨークのアートが、そして文化が彩られているのだなあ、と。東京はどうなんだろう。いずれにしても、そこには自分が普段見過ごしがちな、でも、大切な価値観が転がっている。素直にそう感じました。

そんなEyeopening、目からウロコな番組の備忘録でしたー(・・)


(おしまい)




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by sipoftip | 2008-06-25 04:20 | 雑感

きつねさま+Right Person~雨上がりの京都④~

(前回のつづき)

舞妓さんの後、伏見稲荷に来てみた。

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曰く、全国のおいなりさんの総本山らしい。さすがに貫禄があるなあ。

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緑の生い茂る山の中に本堂があるのだけれども、本堂に続く山道にはずっと鳥居が連なっている。

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歩き進めるほどに、緑が深まり、人気もなくなる。山道なので登るほどに、景色も開ける。


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しばらく歩いていると、OZが横で息を切らして汗だくに。そりゃ、あんな大きな体を運んでいたら大変かもしれない。

隣で、涼しい顔をして歩き進めるトムが、ふと聞く。「鳥居ってさ、なんで赤いの?」

きつねが好きな色だったり、といっても神社はみんな赤色だよねえ。えっとー、赤は昔からおめでたい色とされていたからかな?と適当に回答してみる。
でも、登るにつれて気づいた。山が深まり、緑が深まるほどに、連なる鳥居の赤色が映えるのだ。いいコントラスト。そこで、トムに言う。「きっとねえ、文化的な理由とか意味とかもあるかもしれないけれど、鳥居の色を赤にしたのは、ひとえにアーティスティックな理由があるからかもしれない。」と訂正しておく。

きっと、そのほかの理由は後付けなのだ。いいものはいい。結論は決まっている。理由はその後から尾ひれのようについてくるもの。だから、理由から演繹的に結論がでるんじゃない。理由ってのは、演繹的な皮をかぶっているけれども、実は単に結論をあとから正当化するもの。これは、世の中の多くの事象にもあてはまる気がする。

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山の中腹にて休憩ランチ。こんな看板↓も結構いい感じ。
山道の脇にある茶屋。山道を一歩それると崖が下に広がっている。そんなところに茶屋があるもんだから、茶屋の窓からは、崖を見下ろすような景色が広がる。しかも、その景色全体は山の木々に覆われていて、なかなか非日常的だ。

トムと僕は、やっぱここに来たらおいなりさんでしょー、という感じで早速注文、きつねうどんを食べているカンパニーも。OZはてんぷらそばとコーラを合わせていたw


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食事のあと、さらに中継地点まで来たところで、OZはギブアップ。トムと僕は「せっかくだから」ということで、さらに先に進む。そこからだった、山の緑がどんどん深くなっていたのは。山道の横には小川がせせらぎ、ほととぎすが鳴いていたり、それにも増して、木々の匂いが気持ちよかった。雨上がりということもあるけど、しっとりと、でもじめじめしていない涼しさがある中で新緑、いや、深緑の中を無数の鳥居をくぐりながら歩き進める。かなり気持ちいい。忘れていたものに触れた感じ。ここが今回の旅のハイライトかな。

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途中、こんなものも!さすがに、「なぜ逆さまになっているの?」という質問には回答できず(・・;)。なんだか、大きな5歳児と話しているようだ(笑)


しばらく、そんな山奥を歩いていると、やがてOZの待つ場所に戻って来た。「下界に戻ってきた」という気分に浸る。下界の人間であるOZはすっかり回復した模様。

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そのまま下山して、最後の鳥居をくぐりぬけ、伏見稲荷を後にした。

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時間が余ったので、トムと高台寺に行く。石庭の前に座って、半分寝転びながら、色々と話す。

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石庭はさ、それぞれが海とか山とかを表象しているわけよ。なかなかすごいでしょ。でもね、SHOGUNにお金がなかったからこそ生まれたアートでもあるんだよ、みたいな解説をしてみる。

話題は飛ぶ。共通のホットな話題は「これからどうしよっか?」。

トムは結構日本が好きになったらしい。アメリカに戻るか、難しい選択をしなければ、と。アメリカに戻れば、再び大手事務所に戻って、そしてパートナーになるか、元のキャリアトラックじゃなくて、別の活路を見出すか、そのあたりも微妙みたい。日本にとどまるのもやぶさかではなさそう。

典型的なエリート路線を意図的にはずすあたりがとても僕の嗜好と合うので、トムと話すのは、すごく参考になる。

以前、旅行に行ったとき、ネパールのカトマンズのバス亭でたまたまオーストラリアから旅行をしていた女性と話していた。そのときの彼女のコトバ。

「いつもの生活をしていると、まあ旅行に行かなくても幸せだなーと思う自分もいて、結構旅行に出ることが億劫になることもあるのよ。周りの人も結構そうだり。結構、みんな幸せにやっているのよ。「周りの人」。でも、実際に旅行に行くと、みんな色々なバックグランドを持っていて、そして、それに向けた好奇心がすごく旺盛。そういう人たちと話して、そして、改めて自分を振り返ると、自分の人生だって今自分が思っているよりももっともっと可能性を秘めたものだって改めて気づかされるの。旅行に行くと、そういったRight Personに出会うのよね、私と似たような価値観を持っていて、話すと、「ああ、私もそうだったわ」、と本当の自分に戻してくれる人たちね。だから定期的に旅行に行くようにしているのよ。」


僕の周りにも「周りの人」は沢山いる。大切な友人もいる。でも、みんなが「Rigtht Person」とは限らない。そんななか、きっと、トムは「Right Person」に該当するだろうな。

そんなことを思いながら、石庭の前で日が暮れるまで、多忙な東京に帰るまでの束の間の時間を贅沢に使っていた。

そして、帰路に着く、こんな感じの道↓を歩いているイメージです、先には何かがありそうな。総じて楽しかったです♪


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(おしまい)
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by sipoftip | 2008-06-20 02:20 | 旅行

舞妓+帰りのグリーン車~雨上がりの京都③~

土曜の夜は事務所のメンバーで飲みに繰り出し、帰ってきたのは午前3時。
まったく、Westinに泊まったのにとっても勿体無い・・・なんて思う余裕がないくらい酔っていました(・・;)でも、翌朝は7時半起き!

トムを清水に案内する、OZはしっかり寝坊(・・)

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おみくじを引いてみた↓

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まあ、「万事はじめは思うようになきすがたなれども後おもいの外むこうより吉事をもって来る象(かたち)なり」、「悦び事おそし」あたりはまあそんなもんでしょうか。

「天道をいのりてよし」、じゃあ祈りましょ。

と思いつつ、もっと見てみると・・・・・・

「生き死に十に八九いきたり」

だと。はて、じゃあ、1割~2割の確率で死んじゃうんですか?早いなあ。吉なはずなのに~・・・(++;)

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途中、石塀小路に寄る。なかなか情緒あふれる。

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途中で舞妓さんに遭遇。トムはエキサイト!



「そんなに気に入ったなら、はなしかければ~~!?」

と言ったものの、でも、やはり思慮深いトムは、シャイでもあり、ちょっとたじたじ。

そこで、ちょっと、トムをこずくと、舞妓さんの前にしゃしゃり出る。

僕はトムからカメラを受け取り、舞妓さんとの写真を撮ってみた。



た:「へー、やるじゃん、ちゃんと写真撮れたね~」

ト:「まーね、ある程度恥知らずが聞くから、ガイジンってこういうときに有利だよねー」


と。なかなか心得ていますな。


後日、OZに「トムと舞妓さんの写真」を見せたところ、すげー悔しがっていました。
寝坊しなきゃよかったー、とのこと(笑)

***

京都に初めて来たのは小学生5年生のとき。

祖父と祖母と来た。

でも、実はそもそも京都に来る予定はなく、奈良への一泊旅行のはずだった。
だけど、当時、戦国時代の武将が大好きだったし、京都については色々と見聞きし、
本で読んでいたこともあり、「せっかく奈良まで来たのだから、京都に行きたい!」
と言ってみた。

いつも、わりとシャイだった僕としては、かなり思い切ったリクエスト。
あまり色々とリクエストしない方だったので、それだけ行ってみたかったんだと思う。

僕がそう言ったとき、ほんの一瞬だけど、祖父と祖母が「まあ、困ったねえ。。。」と困惑をその表情から隠し切れなかったのを今でも覚えている。あー、しまった、でも、行きたいんだもん、こんなに近くに来ているんだし。当時の心境はそんな感じ。

奈良も初めてで、奈良公園の鹿と遊んだり、東大寺にいたく感心したり、飛鳥の風情を小学生ながらに感じたり、なかなか楽しんだ記憶。宿も、小学生なんかが泊まるのもおこがましいような、素敵な旅館だった。たしか「四季亭」という宿。そこで夕食時に浴衣姿で祖父と撮った写真は今でも家に飾っている。なんせ、とてもよく取れているので。翌朝、旅館の人が部屋に朝食を持ってきてくれて、なんか「旅館の人が部屋にご飯を持ってきてくれる。」ということの贅沢さを感じた。そして、おかゆはすごく美味しかった。

部屋で新幹線もグリーン車だった。はじめてのグリーン車。当時はあまりカラダも大きくなかったので、グリーンの快適さは十分に感じられなかったけど、とっても人が少なくてびっくりした。グリーンに乗っているときに、ワゴンに運ばれたものから、祖父が何か買ってくれたのを覚えている。ちょっと度忘れしたけど、当時の僕としては、わお、と思うくらいのいいもの。新幹線に乗っている情景は覚えられるけど、具体的に何をしゃべったかはあまり覚えていない。

さて、結局、僕の珍しい?わがままは聞き入れられ、祖母と二人で京都に延泊することになった。祖父は「仕事がある」ということで先に東京に帰っていた。きっと祖母は意外な展開にてんてこ舞だっただろうに。奈良で泊まったような高級旅館ではなく、それでも素朴にいい旅館だったと思う。祖母がてんてこ舞して探したんだろう、という意味でとっても愛着がわきそうな旅館。名前は「鍵屋」だったはず。

京都はちょうど桜のシーズン。二条城の枝垂桜と平安神宮の桜があまりに綺麗だったことをよく覚えている。きっと祖母にとってはいきなりの孫との珍道中だったのだろう。ささやかなアドベンチャーだったのかもしれない。こうして、桜が爛漫の京都を思い切り楽しみ、東京に帰った。

それがはじめての京都。



その数ヵ月後、祖父は他界した。

「仕事がある」と言って先に東京に帰った祖父だったが、その当時、祖父の体は癌に蝕まれていた、とずいぶん後から聞いた。そこで振り返ってみると、グリーン車で、わお、と思うものを買ってくれたり、宿泊先がとても贅沢だったり、祖父は決して口数の多いタイプではなかったけど、旅行のはしばしに思い出される祖父のしぐさや行動のひとつひとつが妙に腑に落ちた。僕は単にはじめての奈良、そして、わがままをいって京都にいった、っていうある意味で無邪気な旅だったけど、反面、祖父にとってはきっと孫との最後の旅行だったのかなあ、と。後から、想像に過ぎないけど別のフィルターを通して旅行を振り返ってみると、まったく違った様相が浮かび上がる。グリーン車、これは奮発する、というのもあるかもしれないけど、祖父の体を慮ってのことだろう。京都に急遽行くことになった関係上、帰りの奈良から東京行きのグリーン車の2名分はキャンセルし、祖父が一人、グリーン車に乗って東京に戻った。祖父の中で孫と最後の旅行として、せっかくのグリーン車で旅の最後をしめくくるつもりだっただろうに、どんな気持ちで一人で東京に帰ったのだろう、と後から思うし、また今にして思うとよりそのときの祖父の気持ちがわかる気がする。

一緒に乗れなかった帰りの電車。

その2ヵ月後、つまり、祖父が他界する1ヶ月前くらい、祖父や家族と一緒に食事を済ませたあと、しばらく団欒してみんな外の部屋に行ったタイミングで祖父は僕に言った。「できれば、大きくなったら、弁護士になって、あとをついで欲しい」正確なコトバは忘れたけど、そういう趣旨のことを言われた。当時は小学校5年生で、そこまでシリアスに将来のことを考えてないなかったし、外国に憧れていたので、「世界を飛びまわれるようにジャーナリストとかになりたいなあ」と思っていた程度だった。もちろん、そのとき、僕は祖父の体が癌に蝕まれているとは露も知らなかった。そのときははっきりとは認識しなかったけど、祖父が何かいつもと少し違った表情だったこともあり、何かあるかな、と思った。そのすぐ後に祖父が他界したとき、そのコトバが遺言だったことに気づかされた。そして、本当は、祖父は奈良からの帰りの電車で僕に伝えたかったのかな、と。

実はあまり祖父とどんな会話をしたか覚えていない。もともと口数の多くない方だったし、そのとき僕もシャイだったので、あまり多くをコミュニケートしなかった。だから、先に述べた遺言が、僕が思い出せる、ほぼ唯一の祖父と交わした中身のある対話。もっとも、それは、対話というよりも、祖父から伝えられたコトバだったのだけれども。

そう、これが初めての京都のThe other side of story.

今振り返ると、祖父の気持ちが前よりもわかる。体が弱くて戦争にいけなかった父が、政治家を志して官僚を志すも、あえて在野の弁護士という道を選び、事務所を立ち上げる。アントレプルナーシップに満ちた選択だ。これはかなりエッジの効いた選択だと思う。この選択をした点において、祖父は相当カッコいい。その後、生涯をささげて育てた事務所をもし孫がやってくれたら、祖父にとって、とても素晴らしいだろう。これは、とてもよくわかる。

ただ、先に述べた京都旅行、少し、でも僕にとってはとても重要な陰の部分があった。これは旅行している当時はあまり気づかなかったけど、今ははっきりとわかる。ちょっとどう書けばいいか整理がつかないのであえてここで書くことはしないけれども、その陰の部分があるがゆえに、たとえその旅行がとても楽しかったとしても、彼のアントレな側面を含めた仕事での成功とかを加味しても、祖父は僕の中で神格化されていないし、無条件にロールモデルにはなっているわけではない。もちろん、祖父をある一面では尊敬している部分もあるけど、それ以上に僕にとっては「人間的に」無条件に尊敬できるかといえば首を横に振らざるを得ない。これは今僕がもっている情報や思い出が極めて限定されているから、というのもあり、ひょっとしたら、僕が祖父を誤解している一面もあるかもしれない。

ひょっとして祖父がもう少し長く生きてて、もう少しコミュニケーションをとる時間があれば別の印象を抱いていたかもしれない。でも、そんな時間はなかった。そんな祖父なので、祖父の遺言を必要以上に重く受け止める気はなかったし、やはりこれからも必要以上に重く受け止めたいという気持ちつもりは沸いてこない。そういった意味で、祖父への感情は少し複雑でもある。でも、祖父の遺言は、祖父との直接した数少ない、というか心が正面からぶつかったほぼ唯一のコミュニケーションであり、その意味で、いつも祖父といえば、その遺言が上記奈良・京都旅行と共に思い出される。逆もまたしかり。京都旅行というと、ふとしたタイミングで、上記遺言とともに、祖父が思い出されるのだ。

はて、ちょっとシリアスになってしまいましたが、京都旅行、あともう一コマ続けます♪

(つづく)
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by sipoftip | 2008-06-18 03:30 | 旅行

常に寂しく光る~雨上がりの京都②~


タケバヤシを抜けて少し歩くとたどり着くのがこちら↓

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常寂光寺。常に寂しく光る、不思議な名前だ。

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秋に来たらすごく綺麗そう。

でも、新緑はそれで緑が萌えていて、それでいて、成熟していないエネルギッシュさがまたいい感じ。

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メジャーどころから少し外すだけでもこんなに人が少ないんだ、と少し感動。


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先ほどまで降っていた雨が埃を吸いとってっくれたみたいで、空気がとっても澄んでいる。気持ちいい感じだ。


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階段を上ることができ、頂上まで来ると↓な感じで京都の町が一望できる。

ちなみに、OZは、そののっしりしたカラダを運ぶのが辛いようで、ぜいぜい言いながらも何とか頂上まで来ていた。

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外国人と言っても反応は様々。

トムは割りと良識がある、異文化への理解を示す聡明なタイプ。自然や異文化をこよなく愛し、自分でガイドブックを読んでいろいろ毎週日本を旅している。僕より東京近郊については
詳しいだろう。日本語も上達してきたし、グループの中では大人な感じだ。

これに対して、OZはまさに「Typical Gaijin」という感じ。人の3倍はあろう体積のカラダを、大きく「NIKE」と書かれたオレンジ色のTシャツに包み、サングラスをかける。そして、コーラを飲みながら、いろいろな寺や風景に「WOW!」とかいながら写真をとっていて、それでもやっぱりコーラは手放さない、そして、歩くと「もうだめだー!」とかいって、すぐ疲れて休みたがる、なんともステレオタイプの「ガイジン」を地で言っている感じ。

***

実は彼らは金曜の夜から前泊していて、僕らが着いたのは土曜日の昼。ちょうどお昼時に着いた。着いてすぐに合流したけど、彼らはもうランチを食べ終わっていた。僕らはおなかがすいていたのでとりあえずお店に入ろう、といい、お店に入った。

僕らが何にしよっかなー、とメニューを見て迷っているとなんとOZからもメニューに関する質問が。

「なすのおひたしって
どんなの?」

だって(*)。ランチさっきたべたばっかじゃん、でも、まあいろいろ興味があるのね、と思って、いちおうの説明をする。毎日こういった質問に対して回答しているので、わりと違和感ない。


そして、僕が店員さんに

「じゃあ、ランチコースCでお願いします」


とオーダーしたら、続いてOZが

「コチラデオネガイシマス」



といっているではないか!


え?いまさっきランチ食べたんじゃなかったっけか?



と聞くと、


そうそう、だからこれはランチ・ツーだよ



と平然と応える。えー、マジ?とびっくりすると、逆に怪訝な顔で、


なに?おなかがすいているから食べるんだよ!?なにか?



みたいな。これって、ひょーっとすると、後から来た僕らが食べているのは微妙だから「僕らに合わせて」ランチを食べたのか??すごい気の使い方だけどマジ?と思いつつ、「でもやっぱり単に腹が減っていただけだよなあ。」、99%と後者だと思うけどねえ。

ちなみに、トムは隣で涼しくお茶を飲んでいた(++)


(つづく)
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by sipoftip | 2008-06-13 10:22 | 旅行

タケバヤシ~雨上がりの京都①~



少し前になるが、職場の旅行に行ってみた。

行き先は京都、わりと久しぶり。

何か最近、結構忙しかったため、「ちょっと面倒だなー(・・)」と思っていたものの、行ってみたら結構楽しんでいた自分がいた♪

僕の同期は殆ど参加しなかったこともあり、例によって(笑)、職場の外国人弁護士と一緒に行動を共にした、したがって、珍道中(・・;)

金閣寺とかのメジャーどころは行ったことがあったので、今回は「2回目の京都」を個人的なテーマとして行き場所をピックアップしてみた(まあ、数回行ったことはあるけど(・・;)。

ルートは↓こんな感じ。

1日目:嵐山→常寂光寺
2日目:清水寺→伏見稲荷

天龍寺↓そういえば、ここはかつてホストマザーがビジネストリップで東京に来たときにつれてきたことがあったっけか。

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ツバメが巣を作っていたり!

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こんな畳で寝転びながら石庭を眺めるのもいいかもしれない。

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その日は雨上がりで、

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その雨のしずくたちが、いい感じに暑さを吸い取ってくれるようで、すごく空気が澄み渡っていました。

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なんか、東京にいても色々とやることがあるのに旅行なんてする時間はないよー、とか思いながらも、「まあ、ただだし」とか思って行ってみたのですが、行ってみると、わお、なかなかじゃない。

(つづく)
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by sipoftip | 2008-06-12 09:48 | 旅行

アイドリング+アメトムチと裸+AKY~6月8日~




なんとなく、その辺にいるおじさん、しかも、酒を飲むとちょっとすぐに赤くなりそうな感じ・・・(??)




スピーカーの台に立つ。寝ぐせ??




ちょっとふらふら?しているかも?




ゆっくりと話し始める。



ちょっとおどけて見つつ(?)、


「スタンフォードは入るのは難しいけど、出るのはわりと簡単で、そりゃ素晴らしいゴルフ場があるもんだからね、ゴルフ三昧だったですよ~、そりゃさあ、勉強なんてしないよね。」


「帰ってきたら自分の会社がつぶれそうで、コンサルティング会社だから普段は他の会社のキャッシュフローが云々言っているのに、まったく恥ずかしい限りですよねえ、まったく。」




みたいな感じの話が続いた。



・・・・・・・・・・・・うーん、拍子抜け??


「泣く子も黙る」というイメージがあったので、はて、このままふにゃふにゃが続くのかなあ。

大変・・・・・・・・たいへん・・・・恐縮ですが(++;)、これが産業再生機構の元CEO、富山氏
のスピーチに対する第一印象でした。

少しばかり、ゆるーい、聞きやすい話が続く。

誰でも表情を少し緩めるくらいのささやかなオハナシ。


***


徐々に本題に入るのがわかる。すーっと、でも、ぐんぐんと本題に入っていった。
気づいたときには懐に入られている、という表現が適切かもしれない。

主に話されたテーマは、リーダーシップと経営について。だいたい↓こんな感じの内容だったと思う。



人の心はお金で買うのではなく、人望で買う。その方が買われた方も幸せだ。


なるほど。氏いわく、まだ日本から世界を席巻する新興企業がほとんど出ていない、
海外に出ると、20代、30代からばんばんと(中間管理職ではなく)マネージメント職に起用して鍛える。

でも、多くの日本の企業においては、年功序列等のシステムの結果として、
マネージメントのポジションにつけるのは、40代、ときには50代なんてこともある。
だから、他の国の人々と実戦経験が違う、そういった要素もあるかもしれない、という趣旨のことを言っていた。

そんな中、日本人も真のリーダーシップを目指すべき、とお話されていた。確かに、日本でも
楽天とかmixiとかも成功例とされているけど、amazonやGoogleみたいに「世界を席捲」しているわけではないよなあ、ということは思っていたし、この間、某コンサルの人とランチをしたときにもちょうど話したテーマだった。

「それではおっしゃられている真のリーダーシップってどのようなものですか?」という質問があったところ、

「例えば、あなたがアメとムチを持っていたとする。それを駆使して周りの人を動かしたりマネージするのは真のリーダーシップとはいえない。それは人の心をアメやムチで買っているのと同じ。もしあなたがそのアメとムチを手放したとき、それでもあなたがどれだけの人を惹きつけられるか。それが本当のリーダーシップだと思う。」


なるほど。かなり恋愛に似ているな、なんて思ってみたり(++;)。


***


さらにスピーチは続く。


経営って、理論では説明のつかない、すごく人間的な側面がある。

もちろん、いろいろ定量的に分析したり、そういったスキルが発展してきて、それも大切だけど、
それだけで経営ができるようならドラッカーの本なんて売れない。

株主になったから何でもできると思った人もいるみたい。村上くんとかも走だったと思う。でも、実際は何もできませんよ。機構は再生の際に株主になり、その瞬間、会社の持ち主になる。でも、実際、多くの企業において、誰が株主かなんて、現場で働いている人にとってははっきりいってどうでもいい場合が多いんですね。自分が首になるかどうか、もっといい働き口があるかどうか、給料はどうなるのか、そういったことの方がよっぽど心配。

化粧品会社のときもそう。高いお金を出してその会社の株を買ったとして、その価値は何ですか?そう、化粧品会社の事業価値は現場で働く7000人の美容部員のお姉さんたち。現に、その会社の価値は現場にいる7000人のお姉さんたちに大きく依存していたと思うし、僕もそれを信じて疑わなかった。

会社を買った瞬間に「株主だぞ」ってふんぞりかえった瞬間に回りは離れていく。

僕は考えた。株主になったこと自体は、7000人のお姉さんたちも注目しているはず。僕の一挙手一投足も耳をだんぼのようにして聞いているに違いない、と。その日から、僕はたとえ記者一人と話すときでも、その後ろには7000人のお姉さんが聞いていると思って、一言一言をしゃべっていた。

僕にはもちろん20代前半のお姉さんたちが何を考えているかなんて、わからない。でも、僕なりに、彼女たちだったらどう考え、僕らの行動がどうやって彼女たちの目に映るだろうかということは真剣に考えた。そして、いかに事業価値に中核をなす彼女たちに訴えるか、そういうことを念頭において再生業務の指揮をとっていたんです。

数多くの会社の再建に携わっていくなかでは、いろいろな人を相手にする場面に遭遇する。そんななか、会社を経営することで、さまざまな人の人生に影響を与えることになってきたし、それだからこそ、感謝されると嬉しい。これは経営の醍醐味の一つだと思う。少なくとも僕はそう思って経営に携わってきた。もちろん、僕だって、さまざまなドロドロの場面に遭遇したり、修羅場を潜り抜けてきたから、別にまったくの綺麗ごとを言うつもりはない。だけど、そういうものも含めて、僕の今までのマネジメントのキャリアを振り返って、何が残るのかな、と振り返ると結局、そういうことなんだと思う。

もちろん、ちょっと起業して、ちょっと成功して、田園調布にフェラーリを買うのもいいかもしれない。ITバブルのときにそういったちょっとした起業家は多かった。でも、僕がマネジメントに携わっていくなかでは、そういうことよりももっと大切なことがあったし、君たちもそうであってほしいと思う。



わお。惹き込まれました。1週間ほど経ち、記憶が完全に残っているうわけではないけど、話の内容は、上記の筋だったと思います。

ちなみに、マネジメントのエリートになっても最終的に相手にするのはありとあらゆる人間であって、エリートな世界に生きるわけではない、これは法律家になる人に向けて司法研修所が放つメッセージにも似ているかも。別に司法試験に受かったからエリート気取りするんじゃなくて、一度法律家として社会に戻れば、そこにはさまざまな人と出会う場面がある、そういった広い世界、ある意味でどろどろした世界で活躍できるような資質を持ってほしい、研修所の教官たちのメッセージの中にはそんなものが様々な場面で見え隠れしていました。ちょっと似ているなあ。

渉外事務所に入る人には、自分は頭のいいビジネスマンとかとだけ仕事をするような環境がよくて、あまり一般の人と仕事するのはいや、という発想をする人が少なくないような印象をたまーに持ちます。僕自身は特にそのような考えはなく、むしろ、頭のいいビジネスマンにも耐えうるサービスを提供できるくらいの能力はほしいものの、世界が狭まるのはいやだなあ、と考えるタイプ(・・)

***************

PS

経営の他、こんな話も↓

最近、よく「YK」というコトバを耳にする。

でも、アメリカとかに行くと、みんなKYだらけ。例えば、すっごく偉い人の前で、「えー!それ!?」っていう質問とかしちゃうやつもいる。しかも、そんな奴でも「お前、良く聞いた!」なんて仲間からほめられたりする、そんな文化。

そもそもKYであることに対して、臆病すぎないか?
本当にとるべきリスクはとるべきだし、そこにはみんながどう考えているかというよりも重要な問題がある。そこで、提唱したい。「あえて空気を読まない」ことを。これを「AKY」という、みんな留学されてもAKYになって、積極的になってください


以上がスピーチの一コマ。

確かに、最近「KY」というコトバがはやっているけど、これを英語にすると、どうも訳語は思いつかない。氏によれば、その概念に対応する訳語はないという。

「KY」について。「空気を読む」とは、「みんなの中で掲載された暗黙の価値観を前提して、いずれの方向に進むか、いずれの方向の意見が望ましいとみんなが考えているか、を理解したうえで、その期待に応えること」と言い換えることができるかもしれない。

でも、「空気を読む」って、みんなが暗黙の価値観を共有していることを前提としている。でも、そうじゃない。みんな違うはず。特に国際舞台ではそうだろう。さらに、別に国際舞台に限らなくても、みんな持っている前提は違う。だから、KY論とは、各人の前提は必ずしも同じではない、というテーマをすっとばした乱暴な議論にすら聞こえてくるのだ。

さらにいうと、「空気を読むこと」によって、ときとして、自分の最終的な意思判断とかPrincipleを犠牲にすることもあるように思える。

もちろん、みんなの思惑を理解することはすごく重要で、その意味で「空気を読む」ことはすごく大切と思う。でも、「空気を読み切った」上で、なお自分の価値観や希望に照らして妥協ができないか場合もあるはず。この場合、「あえて空気を読まない」ことも必要かもしれない。

あえて欲を言えば、AKYよりも、空気を読みつつも、みんなの思惑と違う方向に結論を誘導できる方がスマートと僕は思う。だってみんな的に「空気を読めている」と思わせつつ、自分の思うところに誘導してしまうんだから。これが最適解だろう、でも実現するのはときとして、難しい、だからAKYであることも必要かも。

最近、KYというコトバが濫用されているように思われるのですが、氏の指摘を含め、思うところがありました。


***

PSのPS

特に目からウロコだったのが、最初のアイドリング。最初におどけた?話題で筋肉の緊張を緩ませつつ、ゆっくりと、しっかりとメッセージを伝える。話す内容が一緒でも、ずいぶんと受けての印象は違うはず。一つの完成されたスタイルかもですが、すごくいいサンプルが手に入った
気分です♪

(おしまい)

PS その後、氏に直接話しにいった。氏も司法試験は通っているので、そのあたりで(恐縮ですが)少し共通する面もあり、そのあたりの話題を振ってみた。「渉外弁護士かー、経営の方がぜんぜん面白いと思うぜ。」とのこと。あちゃ(++;)
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by sipoftip | 2008-06-08 17:34 | キャリア/コトバ/ロールモデル

休日の朝+タンザニアのコーヒーとタンザの子供たち-6月1日-

日曜の朝、今日は実はすごく早く起きて読書なぞをしていたんだけど、ふとした瞬間に眠気に負け、また小一時間ぐっすり眠ってしまった(++)

あまりにも天気がいいので、シャキッとするために目黒川を軽く30分くらいジョギング。

つがいのモンシロチョウが木洩れ日の中を飛んでいたり、鳩が突然羽ばたくのに驚いてお母さんに泣きつく3歳くらいの女の子がいたり、お店の人はそろそろランチの看板を川沿いに出し始めたり、そんなゆっくりした休日のスタートを見ながら、川沿いを走ってきた♪

軽くシャワーを浴びて、キーンと冷えたペリエを飲んだ後、タンザニア産のコーヒーの豆を煎ってみた。澤野工房の「Robert MALMBEG」からリリースされた「linnea」というCDを聞きながら、これをタイプしています。JAZZYだけどどことなくサンバ?な感じがとっても軽快。

休日の出だしとしては、悪くはありません(・・)

***

タンザニアのコーヒーはタリーズで買ったもの。

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これは、先日タリーズに行った時、ふとWFPとユニセフ主催の「それでも生きる子供たちへ」
(Invisible Children)の短編の一つ、「タンザ」を思い出したから。

【以下、「ルワンダの涙」、「タンザ」のネタバレありです。】

僕の中で、「ホテルルワンダ」、「ルワンダの涙」、「ブラッド・ダイヤモンド」、「ナイロビの蜂」とすごくお気に入りのアフリカ映画が続く今日この頃。世間でもわりとアフリカで話題になっている
し。そんな中、タンザのストーリーは、上記HPによると、

夜明けと共に走り出す子供たち。その手には、明らかに見合わない大きさの銃があった。
少年たちはルワンダで「自由」の名の下に強制的にゲリラ部隊に入隊させられた。
その中の一人、タンザはまだ12歳。スニーカーが一番の自慢だ。
真夜中、時限装置の付いた爆弾を持って建物に侵入するタンザ。
彼の無垢な瞳の目の前に映った標的は、自分が憧れる教室だった―。



すべての原色の色の鮮やかさが違う。アフリカの木々はとても深い緑で、空の色もすごく濃い青さ。その鮮やかさに軽く心を打たれつつも、映画に出てくるのは機関銃をもった子供たち。

「ルワンダの涙」でもこんな子供たちが出てきた。

ツチ族の粛清を図るフツ族は、フツ族の子供たちを徹底的に洗脳する。ツチ族がいかに劣っているかを叩き込み、拳銃を与え、殺戮のマシーンにしてしまう。そして、ちゃんとツチ族を殺せた子供は褒め称えられ、夜の宴で気持ちよく踊る。ツチ族を殺すことで、そういった大人の仲間入りができる、みたいなシステムを作り上げてしまう。

子供は素直なほどに残酷。きっと、機関銃を持って自分が優位に立てるということは人間の生存本能と矛盾はしないからかな。映画では、教育(洗脳)どおり、殺戮マシーンになる子供が描かれていた。

**

「ルワンダの涙」の主人公は、NGOで働く白人青年。
その青年は、ずっとルワンダで「キリスト教を布教させ、子供に教育を与えよう」というミッションで活動に加わっていた初老の宣教師の下で一緒に働いていた。

あまりにも有名なシーンだけど、ルワンダから国連の撤退が決まり、白人だけは国連軍と一緒に撤退が許されることになった。

そのとき、少数民族であるツチ族は、フツ族に囲まれていた。ツチ族を囲むフツ族の多くはツチ族の壊滅を心から願い、ナタを振るう。先日ケニアで暴動が起きたとき、暴徒の多くがナタを
持っていたけど、それに近い。日本刀とは違ったあの重量感のあるナタは、切れ味鋭い、というよりもぶった切る、みたいな感じなのだろうか。僕の目には、すごく残酷で、でもそのときの悲劇を象徴的にあらわしているものだと映った。

さて、ツチ族は、こんなフツ族に囲まれつつも、国連軍がいたため、自分の残されたテリトリーである教会やホテルにとどまる限り、フツ族から徹底的な攻撃を受けずに住んでいた。もちろん、
ホテルや教会の敷地から一歩でも踏み出すと、そこにはツチ族の殺戮を正義と信じて、また
その殺戮をゲームとして楽しむかのようなフツ族たちがたくさんいたのだけれども。

そんな状況の中、国連軍の撤退に伴って白人の人たちが次々と一緒にルワンダから撤退していく。ツチ族の人は残されたら自分たちが虐殺されることはわかっているから、自分たちも逃がしてくれと叫ぶけれども、国連軍に払い落とされる。そこに残ったら、確実に周りを取り巻くフツ族に殺されてしまうのに。

今まで数十年にわたってキリストを信じれば救われると教えてきた初老の牧師にも、教会を
捨ててルワンダから撤退するようにオファーが来る。でも、彼は残ることを決意する。

確かに自分がここに残ればツチ族の一味とされ、周りを取り巻くフツ族に殺されてしまうかもしれない。でも、自分はこれまでキリストの教えを信じれば救われると教えてきた、ルワンダのなかでツチ族であっても、フツ族であっても、教育がないものには教育を出来る限り施し、貧しさに苦しくルワンダの人々にキリストの教えを広めることで彼らを自由にしようと試みてきた、だけど、ここで国連軍と一緒に撤退するといままで私の教えを信じてきた人たちを見殺しにすることになる、それはできない。


今逃げて生き延びても、そのときルワンダの教え子を見捨てたということを、一生かけても償えないと感じたのかもしれません。

結局、彼は国連軍についていかずに教会に残ります。

この選択、僕だったらどうするだろうか?


**


その後、食料は足りなくて、子供が病気になったり、事態はどんどん悪化していきます。でも、外に出ると、ツチ族を殺したくてたまらなフツ族がいる。これにはゲリラ兵となった子供も含まれます。確か、実際に逃亡を図ったツチ族が殺されるシーンもあって、そのシーンはまるでハンティングのよう。ピストルで殺した後、ナタを持ったツチ族の大人や子供が集まり、まるでマンモスでも射止めたかのような歓声をあげて喜び、踊る。

あるとき、その宣教師は、包囲された教会の中にいた子供の病気にどうしてもクスリが必要なため、車で教会の外に行きます。隣町の薬局には、かつての教え子だったフツ族の青年が薬を売っていました。

その際、おもむろに名簿を取り出しながら、

「その子供はフツ族か、ツチ族か?」


と聞き、その子供の名前を聞きます。

その名簿が「殺されるべきツチ族のリスト」であることを悟った牧師は、その彼に大金をつかませて、名簿への記載をせずにクスリを入手します。

自分の教え子である青年とこんなやりとりをしなければならないなんて。

**

教会に撤退すべき白人がいなくなったので、いよいよツチ族が包囲している教会やホテルに乗り込み、ツチ族の大量虐殺をしになだれ込みます。

それを察知した牧師は、何人かの子供をワゴンの荷台に隠して載せて、教会の包囲網を脱出します。その途中、フツ族の検問に引っかかります。

検問をしているのは、かつて教会の教え子でもあった青年。

ひさびさじゃないか、牧師さん。どこに行くんだ?
まさかツチ族なんか乗せていないよね?


という検問に対して、車を検査されたら確実にそこにいる子供は殺されるので、何とか時間稼ぎを試みる。でも、ちょっと気に障ったのか、結局、その場で宣教師は射殺されてしまいます。

自らの教え子に殺される。

ルワンダの貧困には子供の教育と信仰が必要だと信じて教会をずっとやってきて、その信念に従って教えてきた、そして、その信念のために国連軍についていかずルワンダに残ったのに、最終的にはその教え子に殺されてしまう。

僕がこの場面に出くわしたら、一体どんな行動を取るだろうか?あまりにも現実離れをしすぎていて、想像をすることすら難しい。

例えば、ビジネスの世界でよく「ジレンマ」に直面するとかいうし、そのジレンマでこそリーダーシップの真価が問われるとかいわれることもあるけれど、この映画に出てくるようなジレンマは、世にいうそれとはまったく次元の違うシリアスなものだと、ふと実感。いわば90年代のホロコーストだから。

映画的には、その宣教師の時間稼ぎの間に子供が車から抜け出して、わずかに希望がつながる終わり方なのですが・・・


*******

ルワンダの涙でも、タンザ、でも描かれた子は同じ。洗脳された兵士にされてしまった。

タンザでは、小学校に忍び込み、時限爆弾を仕掛けて、翌日、みんなが授業をしている
タイミングで爆発させるように指令を受けた少年が、黒板にある自分と同世代の子の無邪気な
絵を見て、自分が学校に行って勉強をしたかった夢を思い出し、結局、指令に従って時限爆弾
をセットすべきか。10歳の子供には明らかに重過ぎるジレンマだけど、そんな姿が描かれています。

ちなみに、映画では、殺戮マシーンとされた子供の銃に、ロナウドの写真が大切そうに張ってある、そのシーンがとっても、とっても印象的でした。


**

一方で、普段の日常を走っている自分がいて、でも、世界でこういうことが起きていって思うと、別にいまやっているM&Aとかファイナンスの取引よりも何か自分のエネルギーを注ぐべきことがあるような気もして、でも、自分では何ができるかもよくわからなくて、そして、それでも日常は進んでいて、また、以前の40秒キスの記事に書いたけど、たとえばこういった問題がとっても世界的には重大な問題であることはわかっていて自分の中にある中途半端な正義感がそれに向かって自分を駆り立てると反面、それが100パーセント自分のインテレストとつながるかについて確証がもてなくて、それでも自分の中の中途半端な正義感や、いや正義感というよりもより「尊敬できる自分になりたい」という欲望も今のままでは満たされていなくて、めまぐるしい日常に引き戻されそうになりながら、その混沌の中で何とか最適解を見つけようと、いや、最適解を見つける機会を得ようと、なんとか準備を進めている段階かも。

**

おっと・・・・・・・・・・・・本当は産業再生機構の元CEO、富山氏のスピーチを聞いたので、それについて書こうと思ったのだけど、目の前のコーヒーを見ていたら思い切り脱線しましてしまいました、今日は時間切れ(++;)

(おしまい)
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by sipoftip | 2008-06-01 13:34 | 映画