カテゴリ:国際協力( 2 )

エイズデーとJAZZコンサート(続き)

(前回の続き)


●12年前からチャリティーを初められた中村さんの原体験について思うこと。


前回も書きましたが、中村さんは、ミュージシャンとして活躍する一方、尊敬するミュージシャン、身近なミュージシャンがHIV感染して次々と他界してしまったことをきっかけに、エイズのアウェアネ(awareness)のために音楽を使おう!と思い立ち、その後、こういったアウェアネスの向上するために精力的に活動を続けているらしいです。

こういった原体験・強烈な動機に支えられて行う活動ってすごいパワフルだと思います。正直、自分には、自分をそこまで強く動かすほどの強い原体験を経験したことがない気がする。別になんとなく生きてきたとは言わないけれど、そこまで自分を強く動かさざるを得ない何かというものを経験していない気がします。これはきっと多くの人も同じかもしれないけれど。世の中でいわば成功している人の中には、自分を突き動かさざるを得ない原体験・モチベーションを持つ人が多いのではないかと思います。世の中で何かを成し遂げた人の多くはきっとこういった原体験・動機の基に突き動かされて、それを実現した人も多いのかもしれません。だって、気合とコミットメントが違うから。自分にはそこまで人の生死にかかる強烈な原体験というものはなく、それゆえ、そのような原体験をもっている人が120パーセント自分の持ちうるものを使って生きている姿を見ると、「自分もがんばらなきゃ!」と思う反面、そういった原体験がないことを、ある種の弱みに感じてしまうこともあります。そういった意味で、すごく不謹慎かもしれないけれど、何か自分の中でそういった原体験を求めている向きがあるような気がします。

ただ、そういった原体験を持つことが必ずしも自分にとって幸せかといえば、そんなことはないかもしれません。中村さんだって周りのミュージシャンが死ななかった方がいいに決まっているだろうし。そう考えると、自分がそこまでの強烈な原体験・動機をもっていないことは、(のうのうとではあっても)幸せに生きてこれた証なのかもしれないのかもしれません。

さらに、進めると、問題の認識(awareness)のためにはコンサートは有効かもしれないけれど、最終的に個人が自発的に行動・意思表明をするには、パーソナルなレベルで何らかの出来事が起こる必要があると思います。選挙で自民党が負けたのは、各国民の「具体的な」不利益をもたらす政治をやってきたからなのではないかと思います。これが例えば「靖国問題で日本が国際社会から理解されない行動をしている」だとか「災害が起きたときの救援体制に不備があった」とか、「癒着があった」とか、そういった国(=国民一般)に対して不利益になる行為が問題になっていたに過ぎないのであれば、それぞれの国民レベルで不利益に具体性はなく、自民党は負けていなかったかもしれない。


●海の向こうで起きている問題と食べかけのディナー
以前の記事にも書いたけれど、映画「ホテルルワンダ」にて


ルワンダの虐殺状況を撮影したテレビが放映されれば, きっと外国の人も助けに来てくれる」という主人公,ポールの問いかけに対して, UN軍の将校は,


"They would say "Oh,it is horrible." And they keep eating dinner." (彼らはその惨劇に驚くかもしれない。だけど,彼らは,そう言った後,
,また夕食に戻るんだろうよ。)


という一説にも象徴されているかもしれません。別の機会に考えたい「ルワンダの涙(Shooting Dogs)」でも、ルワンダに青年海外協力隊で派遣されている主人公の白人青年が、ルワンダでの虐殺を見て、コソボやルワンダで虐殺(genocide)を取材してきたCNNの女性ジャーナリストに対して、

「ルワンダもコソボと同様にすさまじい悲劇があったのだろうね」


という趣旨の問いかけに対して、

「確かに、コソボではすごく衝撃を受けたわ。ああやって殺されていく人が『もし私の母親だったらどうしよう!?』と常に考えざるを得なかった。でも、ここでは違う。私には単に黒人が殺されている、というレベルでしか物事を見れないの。」


と答える場面があります。最終的にルワンダでは、虐殺が行われているにもかかわらず、その少数派のツチ族を見放す形で国連軍が撤退し、その結果、保護がなくなった少数民族が大量虐殺されてしまったという理解ですが、国際問題には、「その問題をどの程度、個人的、具体的に考えることができるかorどれだけ無関心でいられるか」という視点が不可欠なのではないかな、と思います。

この点でルワンダもエイズも同じ問題を秘めており、悲惨な現状を報道するテレビを見て、「おお、エイズは大変な問題だな。」そう言った後、引き続きテーブルの上のディナーに目を落とし、引き続きフォークを握り、ディナーを続けるのでしょう。テレビのチャンネルも変えてしまうかもしれない。

●チャンネルを変えるのは悪いのか。

ここで悲惨な現状を報道するテレビのチャンネルを変えたり、ディナーを続ける行為それ自体を否定するつもりはありません。人は抽象論の中に生きているのでも、正義の中に生きているのでもなく、いま目の前にある具体的な世界の中で生きているはず、だから、引き続きディナーを食べる行為も、チャンネルを変える行為も、それをするなといっても無理かもしれない。むしろそれが正解、という考え方もあるはず。これに対して、そこで立ち上がって、「テレビの中が大変だ。何かしなくては。」とディナーをやめて立ち上がって、具体的な行動が出来る人なんて限られる。さらに実際に立ち上がって、問題解決に向けた効果的な事ができる人なんて、もっと限られているんじゃないかな、と思います。

これに対しては、「そんなこと言わないでみんなができることをしないと!」という人や、「それなら、うまくみんなの具体的な利益に連動する形の作戦を考えなきゃ」なんていう人とか、色々なアプローチがありそう。後者としては、例えば、①みんなが買い物をしたときには一定額がAIDS撲滅運動に寄付される→②そのような寄付をする企業に税制上のメリットを付与する、とかすぐに思いつくものもありますが、実際に具体的な問題解決と結びつけていくためには、もっと練って練っていかなきゃならないんだろうな、なんて思います。

あと、常にディナーをやめて問題解決に動くのがいいとは限らない。人権のために戦っている弁護士さんだって急速は必要だし、無理が続くとかえってワークしない。そういう意味でも、変に負荷がかからない形で、みんなの力を合わせて問題解決ってされていくべきなんでしょうね。

あー、そんなこといってて、抽象論ばかりで自己嫌悪・・・・自戒します(・・;)w
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by sipoftip | 2007-12-04 01:53 | 国際協力

エイズデーとJAZZコンサート

以前の記事にも書いた世界銀行の知り合いからのお誘いもあり、↓に行ってきました。

エイズ・アウェアネス・JAZZ コンサート2007「愛する人の事を考えました」



第1部として、エイズに関するパネルディスカッションが行われ、その後、第2部として、「中村照夫&ライジング・サン」というバンドがJAZZのライブをやるという構成でした。開場は300人くらいいたようです。意外に多いなあ。

中村照夫さんって恥ずかしながら知らなかったけれど、結構有名な人みたい(・・;)。
このサイトをみるに、ニューヨークに35年近く在住しており、現在も活躍中とのベーシストとのこと。73年には「ライジング・サン」を結成して、リリースされたアルバム(『Rising Sun』、『Manhattan Special』)はビルボード誌などの全米チャートでトップ10入りしたとのこと。そんな風に活躍するなかで、尊敬するミュージシャン、身近なミュージシャンがHIV感染して次々と他界してしまったことをきっかけに、エイズのアウェアネ(awareness)を向上するために精力的に活動を続けているらしいです。

ウィキペディアによれば、12月1日は世界エイズデーとされており、

「世界規模でのエイズ蔓延の防止、エイズ患者やHIV感染者に対する差別、偏見の解消を目的として、1988年に世界保健機関によって定められた記念日である。

1988年から2004年までは、国際連合エイズ合同計画によって運営されていたが、2005年からはThe World AIDS Campaig(WAC)によって運営されている。シンボルは赤いリボン(感染者・患者への連帯を表す)。」


とのことです。

●AIDS/HIVについて

超基本的で恐縮ですが、AIDSとは、後天性免疫不全症候群(Acquired Immune Deficiency Syndrome)をいい
ウィキペディアによれば、

「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が免疫細胞に感染し、免疫細胞を破壊して後天的に免疫不全を起こす免疫不全症の事である。一般に英語の略称エイズ(AIDS)として知られている。」


であり、他方、HIVとは、ヒト免疫不全ウイルス
(Human Immunodeficiency Virus, HIV)をいい
、ウィキペディアによれば、

「人の免疫細胞に感染し免疫細胞を破壊して、後天的に免疫不全を発症させるウイルスである。」


とのこと。AIDSという症状の原因としてHIVがあるという関係。日常会話ではあまり厳密に区別せずに使っていたので、ちょっと気をつけてみようと思います。なお、治療法については、上記ウィキペディア(「HIV」・「AIDS」:12月2日現在)によれば

HIVがレトロウイルスである事から、HIV自身が増殖に必要な酵素を阻害する、逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤が開発され治療薬として使われている。現在のHIV治療はこれらを複数組み合わせて使用する。これは多剤併用療法、HAART(HAART療法、Highly active Anti-Retroviral Therapy)、カクテル療法などと呼ばれている。

また、ウイルスが細胞に取り付くところを抑制する薬剤(フュージョンインヒビター)の開発もされ、米国及び、EUで認可されている。HIV治療薬は適正な使用によりHIVの増殖を抑制し、患者の免疫機能を回復させ病勢の進行を遅らせるのに一定の効果があり、現在ではHIV感染症は長期にわたりコントロールできる疾患になりつつある。しかしHIV自体を体内から排除する根本治療ではない。

2007年7月17日にタカラバイオ社は、RNA分解酵素を含有するレトロウイルスベクターを使ったエイ遺伝子治療法において、細胞レベルでの検査で有効性が認められた事からサルの評価試験段階に移行を開始した事を発表した。 実験内容としてSHIV(サルのエイズウイルス)にazFが導入されたT細胞ではSHIVは全く増えなかった。これまでの研究によりエイズ複製が抑制されエイズウイルス産生細胞は減少していく事を確認したと同社は発表した。今後は、サルへの評価実施試験で評価され、人への臨床試験へと段階的に移行していくものと思われる。


とあります。(一種の)延命措置はあるけれども、未だ有効な「治療」の方法はないという感じでしょうか。

ちなみに、意外にも先進国の中では日本だけがHIVの感染者が増加傾向にあるそうです。

●アフリカを含む途上国での対応

エイズ発祥の地ともいわれるアフリカでは、

・紛争の犠牲者となった難民(特に軍から暴行を受けやすい女性)
・母子感染
・難民キャンプ・社会的に阻害されている民族などでは早期から無防備のまま
 性交渉が始まることがあること、

などが原因となっている模様。すごく意外でしたが、
パプアニューギニアでもAIDSが深刻な模様。

これらの問題は、(素人的な考えですが)「みんなが一丸となって解決すべき問題」として、進むべき方向性はある程度はっきりしているので、「どういった方法で」「どういったリソースを使って」対策を練るかという点が大きな問題になっているのだろうと思います。

ただ、問題はこれだけではありません。上記ウィキペディア(「AIDS」)によれば、

日本以外のアジアやアフリカで薬剤が手に入り難い背景には、薬剤の開発及び使用に対する、特許の使用料問題など、単に経済的問題だけではなく、性がタブー視されている宗教的問題(イスラム圏など)、主権が国民に無く言論や行動に自由が認められていない政治的問題等複雑な要因がある。


とのことです。

まず、特許権が原因で途上国のAIDSが救われていないのであれば、それは不合理な気がします。ナイロビの蜂では、大手製薬会社がアフリカの市民をAIDSの新薬の実験台に使って莫大な利益を得ている、という描写があったと思いますが、これは本当なのでしょうか。

他方、宗教の問題は、以前の記事にも書きましたが、難しいと思います。①アフリカに宣教師が派遣され、カトリックを普及していること、②カトリックの教義の中には避妊行為を極めて厳格に制限する考え方もあり、コンドームの使用の妨げになっていること、しかも、ローマ法王も厳格な見解を採用していると思われること、から「AIDSの撲滅」と対立軸として「宗教」の存在があるようです。

無宗教な私からすると、「もっとプラクティカルに考えようよ」といいたいところですが、宗教はそんな簡単に解決できる問題ではなく、難しい問題だと思います。

(つづく)
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by sipoftip | 2007-12-03 09:35 | 国際協力