カテゴリ:旅行( 30 )

さて、今日も -11月22日-


最近、ばたばたしているのが続いたので、さすがにちょっとリズムを崩してました。今朝なんかこんな感じ↓


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                   ―Istiklak Street, Istanbul, Turquie―

そこに、こんなメッセージが。


"At that time, I was stressed and guess so you are. Hung in there. Coming several months are very inportant for coming years."



何の利害関係もなくこう言ってくれる人が周りにいるってこと自体が素晴らしいっ!さっ、Cheer upしていきまーす♪
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by sipoftip | 2008-11-22 13:47 | 旅行

Ürgüp-11月21日-



朝霧の中、歩く道端からふと見上げると、目の前には葡萄が。


ささやかだけど、心地よく、暖かいサプライズに溢れた街でした。



                       ―ユルギュップ@Turquie―



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by sipoftip | 2008-11-22 01:31 | 旅行

冬だからビアガーデン~Getaway in Asia④~

カオサンの夜が更け、朝が来た。

昨夜の騒然とした様子が嘘のように静かな朝のカオサンストリート

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パンガン島に飛び立った美容師の彼と別れ、一人で朝日のまぶしいカオサンストリートを
散歩する。屋台でタイ風ヌードルのようなものを食べ、一服する。



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そして、バックパッカーに有名な旅行代理店に行き、チケットを取った。


バンコク

ネパール(カトマンズ)

インド(バラナシ)
↓(陸路)
インド(カルカッタ)

バンコク

インドでの入国地と出国地が異なる(ちなみに、これをオープンジョー(Open Jaw)という。)。
(航路の形をみると、あごが開いているみたいでしょ。)


***


大学生のときにサークルで知ったタイ人の同業、スキィと連絡をあらかじめ取っていたので、
彼の職場の同僚たち数名とビアガーデンに行く。タイのポップソング?がライブで演奏されていた。



「最近は、寒くなってきたからビアガーデンがいいねえ!」



なんて言っていた。「???」と思ったけれど、「夏は暑くて外でビアガーデンをやるなんてとんでもない!」らしい。へー、お国柄が出てますねえ、と思いつつ、彼の同僚と話していると、アメリカに一年交換留学していた会計士の友人がいるという。


「あー、僕もね、タイ人の友達がいたよ。アメリカに留学したんだけれども、行き先のはずだったホストファミリーの母親がガンになってしまって受け入れられなくなって、現地でホスト先が見つからなかったわけさ。そこで、ナンシーおばさんっていう人の家に最初の1週間は居候してたんだけど、タイからの留学生がまったく僕と同じ境遇で居候していたんだ。名前はナッティだったかな。」


彼女が目を丸くした。。。。「彼の名前もナッティよ!・・・what a small world!」





ちなみに、その後、まったく別ルートで、ナッティは僕の職場にメールで連絡してきた。わお、元気?ってさ。


そんなナッティは、現在バンコクじゃなくて、オーストラリアに住んでいて、ある有名な会社に勤めていた、だから、それを同部屋のOZに伝えたら、「Fair Dinkam!」だって。彼はその会社のCEOを知っているんだとか。

さらに、余談だけど、しばらく連絡を取っていなかったスキィには、タイの同業を見つける必要があり、メールアドレスに連絡したがmailer-daemon.....そこで、googleしたら、facebookにいるじゃないですかあ。そこで、今日はじめて登録して、スキィに連絡をとれた。ちなみに、ナティイも発見。わお、Viva google&facebook!




そんな彼らは同業であり、わりとお坊ちゃま&お嬢ちゃま。インドに行きたい、なんていうと「わお、Coolね。それはアドベンチャーよ!!」と何故か励ましてくれた。。。(・・;)


まー、そんな平和な彼ら。平和ぼけしているんじゃないかと疑ってしまうくらい、人がよい。タイ人って「癒し系」な人が多いと思う。サークルの討論では「知的財産保護と南北の経済格差」みたいなま考えても背丈を越えた大それたテーマのディスカッションをファシリテートしたのですが、マレーシア人が「Fair enough!!」と言いまくり、喋り倒し、シンガポール人が「ちょっと待って!」と切り返し、インドネシア人が「そうは言うけれど・・・・・」と超激論を交わしていました。僕はそのハンドルに四苦八苦していたものの、タイ勢は、そんな応酬を終始笑顔で見守って、たまに渋いコメントをするみたいな、親近感わく系な人々だったなあ。そんな平和な奴ら。結構スキです。


そんな彼らにはタイボクシングに連れて行ってもらったり、色々とお世話になった。


初めてのバックパックでインドに行ってしまうわけだけど、フライトまでの期間、バンコクで平和でのんびりとした日々を過ごしていた。なんか、やはり試験勉強で凝り固まったからだがほぐれ、砂漠にいて水を渇望する人のように、さまざまな知らない世界を求めている、そんなジブンに新しい世界が次々と入ってくる、そんな心地よい刺激をゆっくりと噛みしめるように楽しんでいた。この感覚は、いまでは懐かしくもあり、それと同時に昨日のことのようにすぐに思い出せるのです。


(つづく)
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by sipoftip | 2008-10-08 02:26 | 旅行

カオサン~Getaway in Asia③~

飛行機を降りた僕は、バックパッカーズ読本に書いてあったとおり、エアターミナルのA2出口に向かった。

出口は外にあった。外は夜。夏の夜だから、幾分涼しいはずだけど、それでも心地よく暑い。いや、本当はすごく暑いのだけど、長かった東京を出てやっとバンコクに来て旅がスタートできるという高揚感が心地よかったのだろうか。

久々に使う英語に戸惑いを感じつつも、むわっと暑いバンコクの熱気の中にいるだけで、試験でずっと身に纏っていたウロコがぼろぼろと落ちていくような感覚を心地よく感じながらバスを待つ。待っていると、カナダ人らしき女性の2人組が、その175センチくらいある身長を遥かに超えるバックパックを背負ってバスの駅に来た。

バックパックには「Kathomandu」と書いてある。「ネパールだ、きっとヒマラヤに行ったのかな。」、ネパールには行こうと思ったのと、旅に出てから少しずつ高まる高揚感を誰かとシェアしたかったのと、少しばかりの寂しさを紛らわしたっかのがあって、「どうやったら話しかけるかなー」なんて遠目で見ていた。そんな折、ふと隣に日本人らしき、僕よりも2,3歳ほど年上と思われる兄さんがいたので、思い切って聞いてみた。「カオサンに行くんですか?」

ここで無視されたり、仮にとてもつまらない人であっても、すぐに分かれれば基本的に失うものはない。逆に、はじめてきた土地で仮に面白い人だったりすると、いろいろな情報をもらえたり、何よりも楽しい。だって、日本で暮らしていると絶対に会えない様な人と会えるんだから。

「そうだよー、すぐにパンガンに行くんだけどね。明日の朝早く。」

「へー、パンガン?」

「そうそう、パンガン島。タイは初めて?パンガンはタイの南にある島で、フルムーンパーティーがあるんだ。
行ったことはないんだけど、そこで友達と落ち合う予定。」

「あ、そうなんですか。フルムーンパーティ?」


バスはどんどん高速を走ってゆく。カオサン行きということは確かだし、彼もカオサンに行くといっていたので、そのままバスに乗り込んで話していた。話しているそばで、ブルーカラーらしきタイ人が数名乗り込んできたり、インド人の集団がらわらと乗り込んできたり、すでにカオサンまでのバスはさまざまな人種だらけ。


「そうそう、もともとはインドのゴアで始まったみたいなんだけど、パンガン島でも始まったみたい。なんかすごいいい感じの音楽とかが島でガンガン鳴っててさ、ビーチで踊り明かしたり、バーとかも沢山あって。そうそう、クサとかも結構手に入るみたいね。」

「ほー、そうなんですかぁ。」

説明だけだと、いまいち情景がわかなかったけど、少なくとも僕が今まで見たことのあるどの世界にも属していない世界で、そこではさまざまなことがまったく違うリズムと価値観で動いているという雰囲気だけは伝わってきた。

彼は美容師だった。27歳くらいで、友達とパンガン島で落ち合う予定で、きっと「大きな常夏のクラブ」に行くような感覚なのだろう。日本でもあまりクラブとかに行ってなかったし、試験を勉強していたときは付き合いの幅もさほど広くなく、彼みたいな人と話すのは新鮮だった。まるで、村上龍の小説の世界から出てきたような人で、きっと僕とは違う空気を吸ってきたのだろうな、と。

と色々話しているうちに「カオサン」に降り立つ。


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ストリートに入り乱れるバーと、ショーツをはいたバカンス風の白人、ドレッドなお兄さんたち、
その道際で陽気に物を売っているタイジンの女性たち。鳴り響く音楽とひとむかし前みたいな、仰々しいネオン。
世界のバックパッカーが集まる場所。カオサンストリートに着いたんだ。


日本の、東京の、しかも試験勉強をしていたときとかは、わりと整った、整理された、隙のない、そんな空間にいた。そんな僕は思わず目の前に広がるカオスに少し戸惑いを感じつつも、徐々に凍った氷が溶け出すかのように胸を躍らせ、目の前に広がる混沌の中に足を踏み入れてみた。きっと、「ソドム」とか「ゴモラ」とかいう都市はこんな感じなんだろう。

「退廃とエネルギッシュ」、とそんなコトバが似合うストリートだった。


そんな余韻に浸りつつ、バスで知り合った兄さんの後を着いていく。彼はさっそうと人ごみをくぐりぬけながら、振り返って、僕に話しかける。


「今日はどこに泊まるの?」


「いや、特に宿はとってないっす。どっかいいとこ知ってます?
適当にさがせばいいかな、と思って。」


「そっかー、俺はさ、朝早いけど、一緒に泊まる?その方が安いんだよねー。」


そういってたどり着いたのは、カオサンの少しはずれにあるゲストハウス。


「My Friends Guest House」


入り口には大きな映画のスクリーンがあって、その前にはヒヤシンスで編まれたリクライニングチェアがあったり、床に寝そべる白人がいたり。「アジアでのバカンス」、そんな感じだ。

映画はイングリッシュペイシェントだった。すごく好きな映画。イタリアと中東とカイロとイギリスとかが舞台になる、とてもアートな映画。高校生のときは洋書で全部読むくらい好きだった、その映画に描かれた世界とそれを彩るコトバがすごく魅力的だったから。

そうして、ゲストハウスに入り、水のシャワーを浴びる。バンコクの夜は長いし、、、、といことで、午前1時を過ぎてもネオンもストリートに流れる音楽もやまない無国籍地域、カオサンに僕らは繰り出した。


(つづく)
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by sipoftip | 2008-08-16 00:40 | 旅行

行き先を決め、飛行機に乗る~Getaway in Asia②~

「インドに行くとさ、人生観が根底からくつがえる体験をいくつもするよ。」


はて、バックパックとしてどこに行こうか、そんなことをぼーっと考えていたとき、友人はそう言った。20世紀少年のオッチョもインドに行って化け物みたいになっていたっけ、そんなシーンも思い出された。

アメリカにいたころのホストファザーとかは、

「インドはねえ、確かにすごく興味深いと思うんだよ、でも、こうして年齢を重ねてくると、もう少し綺麗なところに行きたくなったりするのさ。だから、インドは面白いとは思うけれど、実際に行くとちょっと躊躇するなあ。」

なんて言っていたなあ。


ジョンレノンもインドに言っていたっけ。そういえば、うちの父はガンジーにもジョンレノンに似ている。


「はじめてのバックパックにインドはちょっとキビシメ。最初は東南アジアのタイ・カンボジア・ベトナムあたりがお手ごろ。」なんてことも、雑誌とかには書いてあった。でもさ、そういわれると、逆に行きたくなってしまうのよね。


まあ、そんな情報を色々と見ているうちに、心の中で行き先は「インド」と直感的に決まってた。


***

さて、どうやって?


よく調べてみると、インド・ネパールはセットで行くと面白いらしい。


文化のコントラストが良く見えるみたい。


しかも、ヒマラヤ山脈あるし、人はインドほどアグレッシブじゃないし、いいところだよー。

友人は言う。

そんなオススメもあり、インド・ネパールのルートにすることを決定


*********


「世界中のバックパッカーがカオサンに集まる」


「旅行という観点から見ると、カオサンは世界の中心だ。世界各国への格安チケットが出ているのだから。」


(カオサンとはバンコクの有名なバックパッカー街。映画「ザ・ビーチ」にも出てきた。)


そんな友人のコトバにも惹かれ、まずは、バンコクに行き、そして、インド・ネパール行きの
チケットを入手していこう。

旅程はファジーに、それがバックパッカーだから。



そんな次第で、成田⇔バンコクのエアーチケットと少々の着替えだけを持って、東京を旅たった。



分かっているのは、約1ヶ月後にバンコクから東京に帰るということだけ。




分からない世界に飛び込む。いままで自分があったこともない人たちにあって、いろいろな世界が見れる。



まるで、コンスタントにヒットを打つイチローのようにコンスタントに勉強をしていた、そんな
司法試験の自習室という世界にいたこともあり、目の前に広がるあまりにも未知な世界に心は躍るばかり。





****



さて、飛行機に乗り込む。


隣の席の人は、初老のおじさん。


どうやら中小企業の社長さんっぽくって、タイにゴルフをしに行くらしい。


安いし、おいしいものはあるし、良く行くんだと。



一瞬「やくざ屋さん?」と思ったが、実はそうでもないみたい(と思う)。でも、べらんべえな感じ
のところもある人だった。きっと、仕事をすると厳しい人なのかもしれない、話していてそんな印象を抱く人だった。




どうでも良いけど、僕はメガネをかけると頭良く見えるらしい。



飛行機でもふんふん話を聞いていただけなのに、


「いやー、君は何か他のワカモノと違う雰囲気だなあ。
これからどこに旅行するの?」


と聞かれた。


「うーん、はっきり決めていないけれど、インドには行ってみたいなあ、とは思っています。」


そういうと、そのおじさん、「そっかー、インドは僕はいったことはないけどねえ。
君みたいなワカモノにそういった外の世界を見てもらって、それで日本を引っ張ってほしいね。」


なんて調子のいいことをいっていた(・・)。



別れ際に連絡先を一応でも教えてもらう流れかなー、と思ったけど、そのおじさん、
先を切って、


「いやねえ、僕はもう既に引退したさすらいの身だから。君にはこれからがある。
話せて楽しかったよ。君みたいなワカモノがいるって楽しみだなあ。」


なんとなく大物風?なコトバを置いて、彼とは飛行機の中で別れを告げた。




そして、飛行機を降りて、ゲートを潜り抜ける。

飛行機を降りる瞬間、飛行機の扉のすき間から、むわっとした熱気が顔を撫でた。


ついに着いた!そんな気分にさせる熱気だった。

(つづく)




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by sipoftip | 2008-08-07 06:25 | 旅行

きっかけ~getaway in Asia①~

特に深夜特急を読んでいたわけではなかった。




司法試験の論文を終わったのは7月下旬。

5月には新緑だったはずの柔らかな緑は気づいたらすっかり成長して濃く深い緑色になっていた。そんな木陰に立つと蝉の鳴き声が聞こえる。まさに勉強には向いていない季節(・・)。

論文試験に合格すると、第3次試験である口述試験を受けることになる。なので、「どっかに、ぱーっと旅行に行きたいなー」、とか思いつつも、一応、自習室に足を運び、淡々と準備をしていた。

淡々と。

そう、論文までは気の合う友人と2人で勉強していた。

試験は大変だったけど、奴と勉強してたから、結構わいわいやっていたのだが、彼は試験が終わるや否やぽーんと海外に行ってしまってのだ。


「いーなー・・」と8月の空をぼやーっと自習室から見ていたっけか。


たまに友人と会ったり、論文前の緊張感から解放された合格発表までの一時的な平和を純粋に味わっているうちに、8月も下旬になっちゃった。


そして、友人が帰ってきた。



タイ・インド・ネパールに行ったという。色々写真を見せてもらった。



わお!




それまでの海外経験は、1年間の交換留学@アメリカ、そのほかの旅行もアメリカ、シンガポール、サイパンとか香港とか、どっかしら「整った世界」。



ある意味で予測可能



はて、彼が見せてくれた写真には、そういった「整った枠組み」の前提を根本から
覆すシーンが次から次へと刻銘に記されていた。



新しいフェーズに入るときのエキサイトメントは何物にも代えがたい。




ずっと、そういった異文化に興味があったのに、うっかり司法試験の勉強を始めてしまい、
司法試験をはじめてからは他の事をやった場合のリスクが怖くて、あまり他の事をやっていない。ずっと心にしまっていた。



Backpacking



そのコトバは、当時の僕にとって、あらゆる未知のエキサイトメントを包含しているかのような
素敵な響きだった。




友人から勧められたのが「バックパッカーズ読本」。いい本だと思う。バックパッカー指南のような本で、これまで知らなかった旅行の世界が描かれていた。直感的にこれは自分が渇望していたものだなーと感じる。これから始まるであろう旅に心を躍らせずにはいられなかった。




そして、喫茶店でバイトをはじめ、少しずつお金をためはじめた。そして、9月の論文試験、10月の口述試験の合格を確認して、すぐに旅行の準備を手配して飛び立った。



一緒に合格した友人たちは、もう事務所を訪問するなど就職活動を開始したり、内定をもらった友人とかもいた。企業法務をやってみたいかも、と思っていた自分としては当然就職先候補として検討すべきだったのだろうけど、「旅行に行くことで出遅れちゃう」みたいな感覚は不思議とまったく気にならなかった。


飛び出すことが何にも代え難く自分が欲していることであり、また必要だと感じていたから。



そんなわけで、徒然にですが、ずいぶんと昔の旅行記をいまさら書こうと思い立ちました♪

気まぐれ更新の予定です(><)

(つづく)

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by sipoftip | 2008-08-04 02:59 | 旅行

災害の経済学-7月9日-

ヒルメシどきに蕎麦屋の待ち時間に読んだ記事↓

http://www.iht.com/articles/2008/07/08/asia/disasters.php

ざっくりいうと、中国の地震とか津波などの災害が起きると、その災害による経済的ダメージを差し引いても、経済がむしろ活性化されてしまう現象があるみたい。

いままでの「古い」インフラや施設が破壊され、それが災害を機に「新しく」なったりすることで、特に長期的に経済にいい影響が出るとか。

ちなみに、Climatic Disaster(ハリケーンとか地震とか)の方がGeological Diaster(地震とか火山とか)よりも経済的な効果が高いみたい。予測がつきやすいからだそうな。でも、予測がし易い災害だと経済効果が高いって(??)という感じですが、「古いインフラの破壊」以外の
実際の損失が大きくなるということなのかもしれません。

もともと、これは仮にアメリカに核兵器が投下された場合の経済的なダメージを算定するために作られたモデルがベースになっているとのこと。これはまさに、「戦争の経済学」なんだろうか。

いずれにしてもニッチな研究のようです。

まあいずれも被害者や遺族から強烈な批判を浴びそうな結論だなー、きっと損害額を算定するのを依頼した政府だってこの結果は公表しにくいかもなー、でも、そもそも災害の経済学や戦争の経済学の研究なんてあったんだー、とか思いながら、とろろ蕎麦を食べていました(・・)

***


ちなみに、災害時には他の部分に優先してインフラへの投資とかが行われるだけじゃん?そうすると、その分、割を食った別の地域の経済発展は妨げられ、全体としてみればあまり「災害の経済効果」ってないんちゃう?

なんて思いながら蕎麦湯を飲んでいました。。。。(・・;)

誰か答えを知っていたら教えてほしいものです(><)

(おしまい)
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by sipoftip | 2008-07-09 21:16 | 旅行

きつねさま+Right Person~雨上がりの京都④~

(前回のつづき)

舞妓さんの後、伏見稲荷に来てみた。

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曰く、全国のおいなりさんの総本山らしい。さすがに貫禄があるなあ。

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緑の生い茂る山の中に本堂があるのだけれども、本堂に続く山道にはずっと鳥居が連なっている。

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歩き進めるほどに、緑が深まり、人気もなくなる。山道なので登るほどに、景色も開ける。


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しばらく歩いていると、OZが横で息を切らして汗だくに。そりゃ、あんな大きな体を運んでいたら大変かもしれない。

隣で、涼しい顔をして歩き進めるトムが、ふと聞く。「鳥居ってさ、なんで赤いの?」

きつねが好きな色だったり、といっても神社はみんな赤色だよねえ。えっとー、赤は昔からおめでたい色とされていたからかな?と適当に回答してみる。
でも、登るにつれて気づいた。山が深まり、緑が深まるほどに、連なる鳥居の赤色が映えるのだ。いいコントラスト。そこで、トムに言う。「きっとねえ、文化的な理由とか意味とかもあるかもしれないけれど、鳥居の色を赤にしたのは、ひとえにアーティスティックな理由があるからかもしれない。」と訂正しておく。

きっと、そのほかの理由は後付けなのだ。いいものはいい。結論は決まっている。理由はその後から尾ひれのようについてくるもの。だから、理由から演繹的に結論がでるんじゃない。理由ってのは、演繹的な皮をかぶっているけれども、実は単に結論をあとから正当化するもの。これは、世の中の多くの事象にもあてはまる気がする。

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山の中腹にて休憩ランチ。こんな看板↓も結構いい感じ。
山道の脇にある茶屋。山道を一歩それると崖が下に広がっている。そんなところに茶屋があるもんだから、茶屋の窓からは、崖を見下ろすような景色が広がる。しかも、その景色全体は山の木々に覆われていて、なかなか非日常的だ。

トムと僕は、やっぱここに来たらおいなりさんでしょー、という感じで早速注文、きつねうどんを食べているカンパニーも。OZはてんぷらそばとコーラを合わせていたw


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食事のあと、さらに中継地点まで来たところで、OZはギブアップ。トムと僕は「せっかくだから」ということで、さらに先に進む。そこからだった、山の緑がどんどん深くなっていたのは。山道の横には小川がせせらぎ、ほととぎすが鳴いていたり、それにも増して、木々の匂いが気持ちよかった。雨上がりということもあるけど、しっとりと、でもじめじめしていない涼しさがある中で新緑、いや、深緑の中を無数の鳥居をくぐりながら歩き進める。かなり気持ちいい。忘れていたものに触れた感じ。ここが今回の旅のハイライトかな。

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途中、こんなものも!さすがに、「なぜ逆さまになっているの?」という質問には回答できず(・・;)。なんだか、大きな5歳児と話しているようだ(笑)


しばらく、そんな山奥を歩いていると、やがてOZの待つ場所に戻って来た。「下界に戻ってきた」という気分に浸る。下界の人間であるOZはすっかり回復した模様。

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そのまま下山して、最後の鳥居をくぐりぬけ、伏見稲荷を後にした。

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時間が余ったので、トムと高台寺に行く。石庭の前に座って、半分寝転びながら、色々と話す。

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石庭はさ、それぞれが海とか山とかを表象しているわけよ。なかなかすごいでしょ。でもね、SHOGUNにお金がなかったからこそ生まれたアートでもあるんだよ、みたいな解説をしてみる。

話題は飛ぶ。共通のホットな話題は「これからどうしよっか?」。

トムは結構日本が好きになったらしい。アメリカに戻るか、難しい選択をしなければ、と。アメリカに戻れば、再び大手事務所に戻って、そしてパートナーになるか、元のキャリアトラックじゃなくて、別の活路を見出すか、そのあたりも微妙みたい。日本にとどまるのもやぶさかではなさそう。

典型的なエリート路線を意図的にはずすあたりがとても僕の嗜好と合うので、トムと話すのは、すごく参考になる。

以前、旅行に行ったとき、ネパールのカトマンズのバス亭でたまたまオーストラリアから旅行をしていた女性と話していた。そのときの彼女のコトバ。

「いつもの生活をしていると、まあ旅行に行かなくても幸せだなーと思う自分もいて、結構旅行に出ることが億劫になることもあるのよ。周りの人も結構そうだり。結構、みんな幸せにやっているのよ。「周りの人」。でも、実際に旅行に行くと、みんな色々なバックグランドを持っていて、そして、それに向けた好奇心がすごく旺盛。そういう人たちと話して、そして、改めて自分を振り返ると、自分の人生だって今自分が思っているよりももっともっと可能性を秘めたものだって改めて気づかされるの。旅行に行くと、そういったRight Personに出会うのよね、私と似たような価値観を持っていて、話すと、「ああ、私もそうだったわ」、と本当の自分に戻してくれる人たちね。だから定期的に旅行に行くようにしているのよ。」


僕の周りにも「周りの人」は沢山いる。大切な友人もいる。でも、みんなが「Rigtht Person」とは限らない。そんななか、きっと、トムは「Right Person」に該当するだろうな。

そんなことを思いながら、石庭の前で日が暮れるまで、多忙な東京に帰るまでの束の間の時間を贅沢に使っていた。

そして、帰路に着く、こんな感じの道↓を歩いているイメージです、先には何かがありそうな。総じて楽しかったです♪


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(おしまい)
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by sipoftip | 2008-06-20 02:20 | 旅行

舞妓+帰りのグリーン車~雨上がりの京都③~

土曜の夜は事務所のメンバーで飲みに繰り出し、帰ってきたのは午前3時。
まったく、Westinに泊まったのにとっても勿体無い・・・なんて思う余裕がないくらい酔っていました(・・;)でも、翌朝は7時半起き!

トムを清水に案内する、OZはしっかり寝坊(・・)

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おみくじを引いてみた↓

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まあ、「万事はじめは思うようになきすがたなれども後おもいの外むこうより吉事をもって来る象(かたち)なり」、「悦び事おそし」あたりはまあそんなもんでしょうか。

「天道をいのりてよし」、じゃあ祈りましょ。

と思いつつ、もっと見てみると・・・・・・

「生き死に十に八九いきたり」

だと。はて、じゃあ、1割~2割の確率で死んじゃうんですか?早いなあ。吉なはずなのに~・・・(++;)

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途中、石塀小路に寄る。なかなか情緒あふれる。

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途中で舞妓さんに遭遇。トムはエキサイト!



「そんなに気に入ったなら、はなしかければ~~!?」

と言ったものの、でも、やはり思慮深いトムは、シャイでもあり、ちょっとたじたじ。

そこで、ちょっと、トムをこずくと、舞妓さんの前にしゃしゃり出る。

僕はトムからカメラを受け取り、舞妓さんとの写真を撮ってみた。



た:「へー、やるじゃん、ちゃんと写真撮れたね~」

ト:「まーね、ある程度恥知らずが聞くから、ガイジンってこういうときに有利だよねー」


と。なかなか心得ていますな。


後日、OZに「トムと舞妓さんの写真」を見せたところ、すげー悔しがっていました。
寝坊しなきゃよかったー、とのこと(笑)

***

京都に初めて来たのは小学生5年生のとき。

祖父と祖母と来た。

でも、実はそもそも京都に来る予定はなく、奈良への一泊旅行のはずだった。
だけど、当時、戦国時代の武将が大好きだったし、京都については色々と見聞きし、
本で読んでいたこともあり、「せっかく奈良まで来たのだから、京都に行きたい!」
と言ってみた。

いつも、わりとシャイだった僕としては、かなり思い切ったリクエスト。
あまり色々とリクエストしない方だったので、それだけ行ってみたかったんだと思う。

僕がそう言ったとき、ほんの一瞬だけど、祖父と祖母が「まあ、困ったねえ。。。」と困惑をその表情から隠し切れなかったのを今でも覚えている。あー、しまった、でも、行きたいんだもん、こんなに近くに来ているんだし。当時の心境はそんな感じ。

奈良も初めてで、奈良公園の鹿と遊んだり、東大寺にいたく感心したり、飛鳥の風情を小学生ながらに感じたり、なかなか楽しんだ記憶。宿も、小学生なんかが泊まるのもおこがましいような、素敵な旅館だった。たしか「四季亭」という宿。そこで夕食時に浴衣姿で祖父と撮った写真は今でも家に飾っている。なんせ、とてもよく取れているので。翌朝、旅館の人が部屋に朝食を持ってきてくれて、なんか「旅館の人が部屋にご飯を持ってきてくれる。」ということの贅沢さを感じた。そして、おかゆはすごく美味しかった。

部屋で新幹線もグリーン車だった。はじめてのグリーン車。当時はあまりカラダも大きくなかったので、グリーンの快適さは十分に感じられなかったけど、とっても人が少なくてびっくりした。グリーンに乗っているときに、ワゴンに運ばれたものから、祖父が何か買ってくれたのを覚えている。ちょっと度忘れしたけど、当時の僕としては、わお、と思うくらいのいいもの。新幹線に乗っている情景は覚えられるけど、具体的に何をしゃべったかはあまり覚えていない。

さて、結局、僕の珍しい?わがままは聞き入れられ、祖母と二人で京都に延泊することになった。祖父は「仕事がある」ということで先に東京に帰っていた。きっと祖母は意外な展開にてんてこ舞だっただろうに。奈良で泊まったような高級旅館ではなく、それでも素朴にいい旅館だったと思う。祖母がてんてこ舞して探したんだろう、という意味でとっても愛着がわきそうな旅館。名前は「鍵屋」だったはず。

京都はちょうど桜のシーズン。二条城の枝垂桜と平安神宮の桜があまりに綺麗だったことをよく覚えている。きっと祖母にとってはいきなりの孫との珍道中だったのだろう。ささやかなアドベンチャーだったのかもしれない。こうして、桜が爛漫の京都を思い切り楽しみ、東京に帰った。

それがはじめての京都。



その数ヵ月後、祖父は他界した。

「仕事がある」と言って先に東京に帰った祖父だったが、その当時、祖父の体は癌に蝕まれていた、とずいぶん後から聞いた。そこで振り返ってみると、グリーン車で、わお、と思うものを買ってくれたり、宿泊先がとても贅沢だったり、祖父は決して口数の多いタイプではなかったけど、旅行のはしばしに思い出される祖父のしぐさや行動のひとつひとつが妙に腑に落ちた。僕は単にはじめての奈良、そして、わがままをいって京都にいった、っていうある意味で無邪気な旅だったけど、反面、祖父にとってはきっと孫との最後の旅行だったのかなあ、と。後から、想像に過ぎないけど別のフィルターを通して旅行を振り返ってみると、まったく違った様相が浮かび上がる。グリーン車、これは奮発する、というのもあるかもしれないけど、祖父の体を慮ってのことだろう。京都に急遽行くことになった関係上、帰りの奈良から東京行きのグリーン車の2名分はキャンセルし、祖父が一人、グリーン車に乗って東京に戻った。祖父の中で孫と最後の旅行として、せっかくのグリーン車で旅の最後をしめくくるつもりだっただろうに、どんな気持ちで一人で東京に帰ったのだろう、と後から思うし、また今にして思うとよりそのときの祖父の気持ちがわかる気がする。

一緒に乗れなかった帰りの電車。

その2ヵ月後、つまり、祖父が他界する1ヶ月前くらい、祖父や家族と一緒に食事を済ませたあと、しばらく団欒してみんな外の部屋に行ったタイミングで祖父は僕に言った。「できれば、大きくなったら、弁護士になって、あとをついで欲しい」正確なコトバは忘れたけど、そういう趣旨のことを言われた。当時は小学校5年生で、そこまでシリアスに将来のことを考えてないなかったし、外国に憧れていたので、「世界を飛びまわれるようにジャーナリストとかになりたいなあ」と思っていた程度だった。もちろん、そのとき、僕は祖父の体が癌に蝕まれているとは露も知らなかった。そのときははっきりとは認識しなかったけど、祖父が何かいつもと少し違った表情だったこともあり、何かあるかな、と思った。そのすぐ後に祖父が他界したとき、そのコトバが遺言だったことに気づかされた。そして、本当は、祖父は奈良からの帰りの電車で僕に伝えたかったのかな、と。

実はあまり祖父とどんな会話をしたか覚えていない。もともと口数の多くない方だったし、そのとき僕もシャイだったので、あまり多くをコミュニケートしなかった。だから、先に述べた遺言が、僕が思い出せる、ほぼ唯一の祖父と交わした中身のある対話。もっとも、それは、対話というよりも、祖父から伝えられたコトバだったのだけれども。

そう、これが初めての京都のThe other side of story.

今振り返ると、祖父の気持ちが前よりもわかる。体が弱くて戦争にいけなかった父が、政治家を志して官僚を志すも、あえて在野の弁護士という道を選び、事務所を立ち上げる。アントレプルナーシップに満ちた選択だ。これはかなりエッジの効いた選択だと思う。この選択をした点において、祖父は相当カッコいい。その後、生涯をささげて育てた事務所をもし孫がやってくれたら、祖父にとって、とても素晴らしいだろう。これは、とてもよくわかる。

ただ、先に述べた京都旅行、少し、でも僕にとってはとても重要な陰の部分があった。これは旅行している当時はあまり気づかなかったけど、今ははっきりとわかる。ちょっとどう書けばいいか整理がつかないのであえてここで書くことはしないけれども、その陰の部分があるがゆえに、たとえその旅行がとても楽しかったとしても、彼のアントレな側面を含めた仕事での成功とかを加味しても、祖父は僕の中で神格化されていないし、無条件にロールモデルにはなっているわけではない。もちろん、祖父をある一面では尊敬している部分もあるけど、それ以上に僕にとっては「人間的に」無条件に尊敬できるかといえば首を横に振らざるを得ない。これは今僕がもっている情報や思い出が極めて限定されているから、というのもあり、ひょっとしたら、僕が祖父を誤解している一面もあるかもしれない。

ひょっとして祖父がもう少し長く生きてて、もう少しコミュニケーションをとる時間があれば別の印象を抱いていたかもしれない。でも、そんな時間はなかった。そんな祖父なので、祖父の遺言を必要以上に重く受け止める気はなかったし、やはりこれからも必要以上に重く受け止めたいという気持ちつもりは沸いてこない。そういった意味で、祖父への感情は少し複雑でもある。でも、祖父の遺言は、祖父との直接した数少ない、というか心が正面からぶつかったほぼ唯一のコミュニケーションであり、その意味で、いつも祖父といえば、その遺言が上記奈良・京都旅行と共に思い出される。逆もまたしかり。京都旅行というと、ふとしたタイミングで、上記遺言とともに、祖父が思い出されるのだ。

はて、ちょっとシリアスになってしまいましたが、京都旅行、あともう一コマ続けます♪

(つづく)
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by sipoftip | 2008-06-18 03:30 | 旅行

常に寂しく光る~雨上がりの京都②~


タケバヤシを抜けて少し歩くとたどり着くのがこちら↓

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常寂光寺。常に寂しく光る、不思議な名前だ。

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秋に来たらすごく綺麗そう。

でも、新緑はそれで緑が萌えていて、それでいて、成熟していないエネルギッシュさがまたいい感じ。

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メジャーどころから少し外すだけでもこんなに人が少ないんだ、と少し感動。


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先ほどまで降っていた雨が埃を吸いとってっくれたみたいで、空気がとっても澄んでいる。気持ちいい感じだ。


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階段を上ることができ、頂上まで来ると↓な感じで京都の町が一望できる。

ちなみに、OZは、そののっしりしたカラダを運ぶのが辛いようで、ぜいぜい言いながらも何とか頂上まで来ていた。

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外国人と言っても反応は様々。

トムは割りと良識がある、異文化への理解を示す聡明なタイプ。自然や異文化をこよなく愛し、自分でガイドブックを読んでいろいろ毎週日本を旅している。僕より東京近郊については
詳しいだろう。日本語も上達してきたし、グループの中では大人な感じだ。

これに対して、OZはまさに「Typical Gaijin」という感じ。人の3倍はあろう体積のカラダを、大きく「NIKE」と書かれたオレンジ色のTシャツに包み、サングラスをかける。そして、コーラを飲みながら、いろいろな寺や風景に「WOW!」とかいながら写真をとっていて、それでもやっぱりコーラは手放さない、そして、歩くと「もうだめだー!」とかいって、すぐ疲れて休みたがる、なんともステレオタイプの「ガイジン」を地で言っている感じ。

***

実は彼らは金曜の夜から前泊していて、僕らが着いたのは土曜日の昼。ちょうどお昼時に着いた。着いてすぐに合流したけど、彼らはもうランチを食べ終わっていた。僕らはおなかがすいていたのでとりあえずお店に入ろう、といい、お店に入った。

僕らが何にしよっかなー、とメニューを見て迷っているとなんとOZからもメニューに関する質問が。

「なすのおひたしって
どんなの?」

だって(*)。ランチさっきたべたばっかじゃん、でも、まあいろいろ興味があるのね、と思って、いちおうの説明をする。毎日こういった質問に対して回答しているので、わりと違和感ない。


そして、僕が店員さんに

「じゃあ、ランチコースCでお願いします」


とオーダーしたら、続いてOZが

「コチラデオネガイシマス」



といっているではないか!


え?いまさっきランチ食べたんじゃなかったっけか?



と聞くと、


そうそう、だからこれはランチ・ツーだよ



と平然と応える。えー、マジ?とびっくりすると、逆に怪訝な顔で、


なに?おなかがすいているから食べるんだよ!?なにか?



みたいな。これって、ひょーっとすると、後から来た僕らが食べているのは微妙だから「僕らに合わせて」ランチを食べたのか??すごい気の使い方だけどマジ?と思いつつ、「でもやっぱり単に腹が減っていただけだよなあ。」、99%と後者だと思うけどねえ。

ちなみに、トムは隣で涼しくお茶を飲んでいた(++)


(つづく)
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by sipoftip | 2008-06-13 10:22 | 旅行