A walk into my life


(以前の記事「LearningとStudying~夜のヒルズでのディスカシオ~」の続きです。)


僕は高校生のとき、一年間アメリカに交換留学をしました。かねてから海外に留学することには憧れがあったのですが、家にあった「留学経験者の体験記」みたいなものを読んでいたうちに、
だんだん思いは強くなり、ある日それが直感的に確信に変わりました。両親は多分僕を実家から離したくなかったことからくる一時的な感情的拒否反応と、学年が一年遅れることへの抵抗などもあって反対されていましたが、(何とか?)説得の末、留学にこぎ着けました。

その一年は間違いなく僕の人生を変えています。
そこはワンダーランドでした(笑)。まったく別の家庭で、日本人が一人もいないなかふつーのアメリカ人と同じように高校に行き、クラブ活動をし、友達をつくり、遊ぶ、ということをしたその一つ一つが新たな世界への飛び込みでした。しかも、その一つ一つについて「どうすればいいか?」
を戦略的に考え、一定の成果を出せたことが自分の中の成功体験になっていますし。

でも、アメリカでの一年は怒濤の一年であり、自分の中で何が変わったのかも把握しきれないままに、変わったということだけは認識しつつ、その後、生きてきました(笑)。

●First Walk~Curiosity~

以前の記事にも登場しましたが、ついこの間、研修期(Secondment)を終えて本国に帰って行ったジャストン(仮称)という韓国系カナダ人の弁護士とも、

「キミのなんか英語が他の人よりもnaturalな気がするけどなんで?」

「いや~アメリカに行ってたんだよ~~、高校生のときの1年間だけどさ。」

「へ~そうなんだ。どうだった?アメリカは?」

「いやー、素晴らしかったよ。僕の人生を変えたんじゃないかな、って今でも思ってるよ。」

「へ~」・・・と話している途中で、別の人が会話に加わるか何かでその会話は終わりました。

ちなみに、ここまでは他の人ともよくする会話です。

彼とは、オフィスが同じビル内でも離れていたので、あまり話さなかったのですが、1ヶ月後くらいに、たまたまに別の機会に彼と話したときに、

「You said a year in the US changed your life. But how? I wanted to ask.」(キミはアメリカの一年が人生を変えたといっていたじゃない。それはどうやってキミの人生を変えたの?聞いてみたかったんだよね。)

と聞かれました。それまであまり話したこともなかった人に、しかも1ヶ月後くらいに話した会話を憶えているなんて!たぶん、「人生を変えたよ」という(半ば大げさな)フレーズが心に残ったのかもしれません。驚き半分、うれしさ半分で会話を続けたのは言うまでもありません。そう、別に可愛い女の子じゃなくても、自分がすげーと思っている人が自分の人生にステップインしてくるのは嬉しいものなのです。


●Second walk~Credit~


その後、彼とは結構仲良くなりました(つもり)。彼は結構な結構な豪邸に住んでおり、以前の記事(ホームパーティーで出会ってみた(世銀編))にも書いたホームパーティをやる際にも、「是非キミには来て欲しいから、いつが駄目か予め教えて!!」と当初からスケジュールを聞かれました(そんなに重要じゃないなら、スケジュールを決めた後に誘われるはずなので。)。30人くらい来るホームパーティでオフィスの席が結構離れている僕がそういった形で呼ばれるとは思ってもいませんでした。後で聞くに「You always have the best conversation」とのこと。果たしてそんなに俺の話は面白いのか?と自問しつつも、そうやって、クレジットをおいてくれるのが素直に嬉しかったです。まあ、ウィットの感覚という点で僕と彼には似たものがあったのだと思います。


英語で「Credit」というコトバがあります。へーすごい、キミにクレジットをあげる、みたいな感じで使われます。「一目置く」、「すごいと思う」、「感心する」、「認める」など、いろいろな略語がありますが、いずれも若干語感が違う気がします。

たぶん、「その人に価値を認める」という意味をカジュアルにしたようなコトバだと思います(ますます分からないか・・)


●Walk Away

短いようで長く、長いようで短いいままでの人生で思ったことは、それがFriendsihpであれ、恋愛であれ、familyの関係であれ、その関係がうまく行くかは、お互いに①興味を持ち、②クレジットを与え合うということにかかっているのではないか、という点です。

こちらがどんなに興味をもって、クレジットを与えたとしても、相手が自分に興味を持ち、クレジットを与えなければ、いい関係は決してあり得ないと思います。だから、自分が近づきたいと思った人には、できるだけ、①興味、②クレジットをもってもらえるように種を撒きますし、そういった人がステップインしてきたときには、絶対につなぎ止めたい。ちなみに、デートとかでも、相手の会話で、①自分への興味、②自分へのクレジットの点でどうか?という点を考えると、わりと客観的な観点から、その後うまくいくかという感触を推し量ることができるような気もします(笑)。

言うまでもなく、一度人生にステップインしてもらったのに、こちらからの反応が足りずにwalk awayされてしまったこともあります。こういうときは、すごく後悔します。

留学から帰ってきたばかりの高校のクラスでは、僕のほか、もう一人留学から帰ってきた奴がいました。彼は僕と比べるとどちらかといえば、「無骨」で「ごつく」、人当たりもさほど良くない(人見知り?)、でした。おそらく彼は僕だけに心を開いていました。でも、彼は他のクラスの人から少し距離を置かれているようでもあり、他のクラスの人が彼をからかうように(小馬鹿にするような)発言をして周りの人が笑っており、私もつられて笑っていたところ、たまたまその彼がその会話を聞いていました。そのときの彼は無言でしたが「失望した。キミがそんな奴だとは思わなかった」とはっきりとカオに書いてありました。その後、幾度かの試みもむなしく、彼との関係が元に戻ることもなかった。

それからです。「人の好き嫌い、うわさ話、陰口」の類においては、絶対に自分の信念(principle)に反することはしないと誓ったのは。たまたまそのとき周囲に同調してしまったから、あらぬ誤解を与え、思わぬ所でせっかく自分の人生にステップインしてくれた人を失ってしまったけど、もう絶対にこんなことはないようにしよう、と。あの瞬間は今でも忘れることができません。ささいなことが誤解を生み、それが修復不可能な関係の破壊につながることもある、と。


●Asset

冒頭でアメリカでの留学で人生を変えた、How?という問いについて改めて考えみましたが、まったく違うワンダーランドの中で自分から積極的に色々な人の人生にステップインしたし、逆にステップインもされた。そうやって、お互いにクレジットを与え合う関係を築けたこと、それが一番の体験だったんのではないか、と思います。

確かに、アメリカで頑張ったことで(*1)、アメリカ人の1.5倍くらいクラブ活動(スポーツとか)をこなしつつ、現地の高校を成績優秀者として卒業するという小さな成功体験を得たし、それがなければ、その後、高校・大学を首席近い成績で卒業し、司法試験に受かるということはなかったかもしれませんが、(その後のレジュメ的にはプラスではあれ)それらはあくまでツールであり、最終的に、どれだけの人が自分の人生にステップインしてくれたか、又は自分がステップインしたか、それによって、築き上げた人間関係の方がよほどの貴重な財産(asset)だと思います。キャリア、スキルはあくまでツールであり、より面白いことをやって、面白い人と会うことができる方がよっぽど重要だと思うのです。だって、もうそんなに長く生きられないかも知れないけれど、その際に自分のキャリアがどれだけすごいかという点は、死ぬ際の自尊心の慰みにはなるとしても、それ以上のものではない気がします。自分の財産(asset)になった人がたくさんいた方がいい。

それでは、せっかくステップインしてくれたジャストンにメールを書くことにします♪



(*1)以前の記事にも書きましたが、「この地には1年しかいない。だから、1年たつと、自分は過去の存在になって忘れられちゃうかも知れない。それって、全く新しい場所で、1年間といういわば「短い人生」のようなものを生きているみたいじゃない。じゃあ、その限られた中で、できるだけ多くの人に、できるだけインパクトを与えるようなことをしてみたい。そうすることが、自分にもきっと刺激になるし、何たって自分がどこまでできるか見れるなんて、とてもスリリングじゃないか。」なーんて思ってました。
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by sipoftip | 2007-12-30 12:48 | 雑感


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